- Story
- 耐久性・耐候性を高める処理を施した木材で都市公共空間木質化の可能性を広げる御堂筋ベンチユニット
耐久性・耐候性を高める処理を施した木材で
都市公共空間木質化の可能性を広げる御堂筋ベンチユニット
御堂筋は、大阪市の中心部にある難波から梅田まで南北に貫く、外国人観光客も数多く訪れる人気の高いメインストリートです。大阪市は2019年に“「車中心」から「人中心」のみちへの空間再編”をめざす「御堂筋将来ビジョン」を策定し、御堂筋の車道4車線・側道2車線のうち側道2車線を歩道に拡張する工事を始めています。これを契機に、座面に木材を使用したベンチユニットを広くなった歩道空間に設置する実証事業が実施されました。
人が歩くだけの空間から、人が滞在できる空間へ
御堂筋の歩道に設置されたベンチユニット
ミナミ御堂筋の会は、御堂筋の南側、周防町交差点から難波西口交差点までの沿道の地権者やテナントによって結成された一般社団法人です。大阪市から道路協力団体の指定を受け、今回のベンチの設置、維持管理を担当しています。
「広くなった歩道を、人がただ歩くだけの空間ではなく、人が滞在できる空間にしたいと思っています。過去の様々な街づくりのデータを調べると、座って休める場所を作ることで滞在時間が延び、それに伴い消費も拡大する傾向があることがわかりました」(絹原さん)。
御堂筋は北側の淀屋橋周辺がビジネス街、中間がブランドショップストリート、南側に位置する道頓堀や難波の周辺が繁華街となっていて、歩行者は約2万5千人/12時間、自転車は約5千台/12時間※です。周辺の地域の方からは「ベンチを設置することで来街者が増えるのはありがたいがゴミも増え、その管理や費用をどうするのか」という意見が出ていました。また「木のベンチは手触りや質感はいいが、恒久的なベンチの素材としては相応しくなく、道路管理者からも敬遠される」や「定期的なメンテナンスが必要」という声もあり、「メンテナンスを誰がいつやるのか?」いう問題も浮かび上がっていました。
「いくつかの社会実験を行って会で検討した結果、やはり御堂筋に休める場所は必要だということになり、ミナミ御堂筋の会として行政に働きかけながら歩道にベンチを設置し、その維持管理は協働でやっていこうということになりました」(絹原さん)。
※出典:大阪市 道路空間の再編(
https://tinyurl.com/2cdd7rg4)
一般社団法人 ミナミ御堂筋の会 エリアサブマネージャーの絹原一寛さん
座面に木材を採用したベンチユニット
木材が使用されていることで街の雰囲気も和らぎます
今回、御堂筋に設置されたベンチユニットはベース部分がコンクリート製で座面部分に木材を使用したものです。コンクリート部分は三角形や台形を組み合わせ、様々な配置ができるデザインになっています。これに三角形の木製座面を取り付けていますが、いちばん大きな課題が木材の耐久性・耐候性でした。そのときに木材の耐久性処理に関する経験と高い技術を持っている越井木材工業が、不特定多数の来街者の利用に耐え、しかも時間が経っても本来の色が変わりにくい木材の使用を提案しました。大阪市住之江区に本社がある越井木材工業は、会社創業は明治23年(1890年)ですが、さらに歴史をたどると江戸時代にまで遡る老舗の木材会社です。
「当社は、創業時は電柱と枕木を専門に生産していましたが、近年は保存処理技術を生かし建物の外部ルーバーやウッドデッキなど外構用の木材も生産供給しています」(新家さん)
今回、使用した木材は、熊本県産のヒノキ材にサーモウッド処理とフェノール系樹脂浸潤処理を掛け合わせ、長時間、雨晒し、日晒しの過酷な環境下でも寸法が狂ったり腐朽したりせず、経年変化による木材の退色も極力抑えるように考えられたものです。座面の取り付けはL型の金具を用い側面でボルト止めし、メンテナンス性に配慮した設計となっています。また座面とコンクリートの間にゴムマットを取り付け座り心地に配慮し、水が滞留して腐朽の原因にならないよう工夫しています。
コンクリート部分とは側面のボルトで固定
公民連携によって推進する都市公的空間の木質化
側道が歩道に拡張されて生まれた広々とした歩道空間
木材は、紫外線や雨水による変形や腐敗、退色だけでなく、多くの来街者が利用することによる摩耗や衝撃で物理的な劣化も起こります。木材は傷んだり古くなったりしたら交換できますが、その補修・修繕には人手やコストがかかるため、公共空間である歩道に木材のベンチを設置するには行政との調整が不可欠です。また御堂筋の沿道にはたくさんの地権者や様々なテナントの方がいるので、その方たちとの調整も必要です。
ミナミ御堂筋の会は、地域の人たちの意見や思いを吸い上げて行政に伝え、行政の考えや方針を地域の人たちと協議していくコーディネーター的な役目も担っています。今回の実証事業は、公民の連携に加え越井木材工業の木材処理技術があってはじめて実現できたものです。都市の公的空間の木質化・木造化を推進する事例の一つとしてもとても興味深いものといえます。
木材は処理をした後に貼り合わせてから三角形に加工しています
実績のあるサーモウッド処理にフェノール系樹脂含浸処理を掛け合わせる
大阪ミナミの代表的な繁華街「道頓堀」もすぐ近く
サーモウッドはフィンランドで開発された木材処理技術です。越井木材工業は、サーモウッド処理を日本の気候や樹種に合わせて改良し水蒸気式高温熱処理木材「コシイ・スーパーサーモ」として製品化しています。薬剤を使用せず、熱と水蒸気だけで寸法安定性と耐朽性を向上できるのが大きな特徴です。
「今回の座面に使用する木材は、サーモウッド処理に加えて、木材の退色を抑えるためにフェノールを用いた樹脂を浸漬と減圧注入の2つの方法で含浸処理をしています。木材が褪色する原因は、木の色の元の一つ、リグニンという物質が紫外線によって変質し水溶性となり、雨水によって流れ出てしまうために起こると考えられています。そこで、フェノール系樹脂を木材に浸み込ませることでリグニンの流出を防ぎ、木材本来の色を長く保つことができるのではと考え、当社では事業実施に先駆けて木材にフェノール系樹脂を浸漬と塗布の二つの方法で処理し、無処理の木材と比較する曝露試験を行い、退色抑制効果を検証しています。今回の実証事業では、設置してからまだ時間が経っていないのではっきりと成果をご報告できませんが、今回の実証事業では、促進耐候性試験も実施することができ、その効果を確認することができたのでとても感謝しています。見た目では浸漬処理よりも減圧注入処理の方が木材の色の変化が少ないと感じています。今後、時間をかけて多くの人に使っていただき、実用面での成果を見届けていきたいと思っています」(駒木根さん)。
越井木材工業 技術開発室主任の駒木根泰悟さん
メンテナンスを極力省き、長く使い続けてもらう
(左から)越井木材工業 技術開発室主任 駒木根泰悟さん、SD部次長 新家寿栄さん、技術開発室室長 山口秋生さん、一般社団法人ミナミ御堂筋の会 エリアサブマネージャー 絹原一寛さん
通常のメンテナンスは、ミナミ御堂筋の会の月に一度の定例会議後に、会員が見回ってチェックすることにしています。その他、大阪市が行う清掃作業の際や、各テナントが見て気づいたことがあれば会に連絡が入るようになっています。
「木製ベンチを長く使っていただくには耐久性はもちろんですがいつまでも美しい外観を保ち、しかもメンテナンス回数を減らし、かつ容易にすることが重要だと考えています。使用する木材も入手しやすい一般流通サイズの板材を採用しています」(駒木根さん)。
またミナミ御堂筋の会ではベンチ利用者や沿道の商店街関係者などに対しアンケート調査を実施しています。「アンケートでは、木質化ベンチは質感・素材感、色合い、デザインなどで高い評価を得られました。御堂筋の木質化についても75%以上の方の賛同があり、木質化ベンチをさらに増やすべきという回答も6割弱あり、木質化ベンチに対する期待の大きさを見て取れました。この実証事業でサーモウッド処理とフェノール系樹脂含浸処理の組み合わせで過酷な環境下でも耐久性が高く美観を維持できることを実証し、これからの都市公共空間の木質化に寄与できればと考えています」(絹原さん)。
木材に適切な処理を施せば、人通りの多い公共空間でも長期間にわたって木質化したベンチ等を持続的に使用できることを実証できれば、今後の都市の公共空間の木質化の一手段として大きく貢献できることが期待できます。
サーモウッド処理を施した一般流通サイズのヒノキ材