Story 武道館の観客席に生まれかわった徳島県の選手村ビレッジプラザのレガシー材活用事例
武道館の観客席に生まれかわった徳島県の選手村ビレッジプラザのレガシー材活用事例 東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の「選手村ビレッジプラザ」は、全国63自治体から借り受けた約4万本の木材を使って建設することで、大会のビジョンである多様性と調和を表現しました。建物は大会終了後に解体され、各自治体に返却された木材は公共施設などでレガシーとして活⽤することが決まっていました。素性の違う多様な木材を用い、しかも解体を前提とした建物を建てるという難題に立ち向かった日建設計の大庭拓也さんと徳島県のレガシー材活用事例を訪ね、県のご担当者を交えてお話をお伺いしました。
全国63自治体から提供された約4万本の木材で建設 3本の柱をツイストさせた組柱が特長のカフェスペース(撮影:野田東徳)
選手村ビレッジプラザは、店舗、カフェ、メディアセンターなど木造平屋建て5棟からなり、店舗は格子梁架構、カフェスペースは3本の斜柱をツイストさせて耐震性を持たせた独自のレシプロカル架構、記者会見などを行うメディアセンターはトラスアーチ架構と、用途に合わせた3種類の構造形式を採用して建てられました。
選手村ビレッジプラザの設計に携わった大庭さんは「どの自治体から、どんな木材がどのくらい出て来るかわからない状態からスタートしたんです。まず組織委員会を通じて各自治体の製材や乾燥、プレカットなどの設備状況や一般流通サイズの木材をどのくらい出せるのかなどを調査してもらって設計を進め、必要な木材の本数が見えてきた段階でもう一度、各自治体にこういう木材をこれくらい供給できますか?と問い合わせ、何度もキャッチボールを繰り返しました。また、大会が終わったら解体して木材を自治体にご返却する必要があるので設計にはBIM(Building Information Modeling)を使い、施工時の加工や手間が少なく、かつ解体が用意な接合方法などを開発して設計を進めました」。
国際大会で使う木材にはFSCやSGEC/PEFCなどの森林認証が必要になるので、木材調達に関わるスタッフの苦労はとても大きなものでした。「品質を一定の基準以上で揃えるために、木材はJAS材およびJAS材と同等の木材であることを条件にして、プレカット加工をした状態で各自治体から供給していただきました」。
選手村ビレッジプラザを設計した日建設計の大庭拓也さん
SGEC認証林から製材・乾燥、プレカットまでのサプライチェーンを構築 美波町での伐採イベント風景(写真提供:徳島県)
当時、徳島県林業戦略課新次元プロジェク推進室に在籍し、木材調達の担当者だった脇田さんは、木材調達時を振り返り「最初に、県内の森林認証を取得している森林の情報を整理し、SGECの認証林所有者全員に木材供給の件を打診したところ二つの地域から賛同を得られました。SGECの認証林にしたのは、徳島県には機械等級区分JAS認定工場が1社しかなく、そこがSGEC認証を取得していたので、必然的に森林もSGEC認証林でないと県内で一次加工、二次加工ができないということになるんです。森林から製材・乾燥、プレカットのサプライチェーンの筋道をつけるのにいちばん苦労しました。最終的に県西部と県南部のSGEC認証林を選定し、原木調達を始めました。樹種はすべて徳島スギで、柱などに使用する構造材257本、床材などに使用する造作材474本を用意し、3回に分けて東京に送り出しました」。
各自治体に供給を依頼した木材は1本、1本、BIM上で番号が振られていて、出荷する際に1本、1本その番号が木材に転記されました。それにより、施工時にどの木材をどこでどう使えばいいかがすぐわかり、解体後にはどの自治体へ返せばいいかがすぐわかるようになっています。徳島県では、オリンピックへの気運を盛り上げるために地域の人たちやメディアを呼んで「伐採イベント」や「出発イベント」を開催し、伐採は「とくしま林業アカデミー」の研修生の手によって行いました。
当時の担当者だった脇田さん(中央)と現在の担当者の村木さん(右)
レガシー材を使って武道館の観客席を木質化
大会終了後に解体された木材は2022年の1月から2月にかけて徳島に戻ってきました。徳島県では、それに先立ってレガシー材の活用についてプロポーザル方式によるデザイン募集を開始しました。「このプロジェクトに参画した時から戻ってくる木材の活用方法は考えてはいたのですが、どのような使用状態で返却されるかイメージすることができず具体的な案は決まっていませんでした。個人的にはスポーツの祭典のレガシーなので、体育館などスポーツ施設で活用したいと考えていました。そうした中、いくつかの県内のスポーツ施設を調べる中で鳴門市にあるソイジョイ武道館のFRP製の観客席が老朽化していることがわかりました。
現場でヒアリングをするとFRP製座席は冬場に座面が冷たいという声もあり、レガシー材で木質化することを提案し、了解を得られたのでレガシー材活用先に選定しました」。この後、脇田さんは異動になり、村木さんが後任になります。「脇田さんから業務を引き継ぎ5月には最優秀提案者を選定して開始し、10月末にソイジョイ武道館の2階観客席をすべて木質化しました」。
木質化された2階観客席は、背もたれの部分に120 mm角、束柱に105 mm角、座面を支える根太に厚さ45mmのレガシー材を使用しています。座面のスギ板材だけは新たに用意したものです。どっしりと力強いデザインで、武道館のイメージにとてもよくマッチしています。座席とコンクリートの床面はボルトで固定していますが、観客席自体の構造は、釘を一切使用せず、"長ほぞ込み栓打ち"※1や本実(ほんざね)加工※2など伝統的な構法を使って製作されました。
※1 長ほぞ込み栓打ち:二つの木を接合するのに凸(ほぞ)と凹(ほぞ穴)をぴったり合わせ、それを貫くように込み栓(木の杭)を打ち込んで固定する伝統構法。
※2 本実加工:板の側面に施した凹凸加工をぴったり合わせることで板と板を組み合わせる構法。
レガシー材活用は、伝統技術の継承にも貢献 徳島おもちゃ美術館内に設置されているアングルベンチ
プロポーザル方式によるデザイン募集では、ソイジョイ武道館の観客席の他にもいくつかの活用方法が採用されました。一つ目が角材ベンチの中央を36度の角度(アングル)で折り曲げたようなデザインの「アングルベンチ」です。角材を使った脚と座面はほぞ差割りくさび締めという釘をつかわない技法で接合しています。10台を制作し、現在2台は「徳島木のおもちゃ美術館」のロビーに設置され、その他のベンチも県内の施設に設置される予定です。
二つ目が横から見るとAWA(阿波)の文字に見える「AWAボックスシート」。ボックス席をイメージしたテーブルと椅子のセットで、屋外イベントなどでシンボル的に活用されています。そして三つ目が「徳島すぎギャラリー」と名付けられた、分解して運搬可能なオブジェ。中心に大黒柱となる直径30cmのスギ丸太を配し、周囲に5本のレガシー材の角材と新しい材を金輪継ぎという釘をつかわない伝統技法で接合しています。アングルベンチやAWAボックスシートも一部を除いて釘やボルトは使用していません。村木さんは「木材に残された刻印もそのまま残し、できる限りビレッジプラザで使われた状態のまま再利用しています。
また日本古来の伝統構法を採用して大工技術の継承にも役立てています。武道館の観客席やベンチ、オブジェで12.329㎥のレガシー材を使いました。残ったレガシー材は県内の森林・技術系高等学校に配り、モノづくりの材料として活用していただいています。一部は展示用としてそのまま残しました」。
横から見るとAWAの文字になるボックスシート
寸法精度、強度などが安定しているJAS材 展示用のレガシー材、マジックで書かれたBIMの管理番号もそのまま
木材は同じ樹種でも育った環境等により性質に差が出ます。さらに木材は生きた素材なので一本一本に個性があります。それが工業製品との違いであり、自然素材の魅力です。しかし全国63自治体からの約4万本もの多様な木材を用いて建設するのは大変な作業でした。
大庭さんは「JAS材を条件にすることで強度や含水率、寸法などの品質を揃えることができたのがよかったです。集成材などのエンジニアリングウッドなら品質は安定していますが、再利用することを考えると無垢材の方が適していると思います。供給された木材はJAS材またはJAS材相当のものですが、返却時には施工時にボルト穴を開けるなどの加工をしているのでJAS材としてはそのままは使えないので、レガシー材活用事例として、どんなものができるのかとても興味深くおもっていました。徳島県ではスポーツ施設の観客席に使われることで東京2020大会とのつながりを感じ、とても素晴らしいと思いました。他の都道府県でも様々に活用されています。こうして再利用できるということも木材の大きな魅力の一つだと思います」。
写真、左から・大庭拓也さん株式会社日建設計 Nikken Wood Lab ラボリーダー・脇田 太さん徳島県農林水産部 東部農林水産局 林業プロジェクト担当 係長・村木 優作さん徳島県農林水産部 スマート林業課 木材需要・木育担当 主任
木の遊具にリメイクされ木育推進!秋田県大館市の活用事例 木の遊具に生まれ変わり次世代を育む(写真提供:大館市)
今回は徳島県でのレガシー材活用例をご紹介しましたが、全国各地で、様々な選手村ビレッジプラザのレガシー材活用が取り組まれています。秋田県大館市では、秋田公立美術大学と協働で木の遊具を作成。秋田県大館市上代野にあるニプロハチ公ドームパークセンター内に乳幼児や低学年児童向けの屋内施設「子どもの遊び場」として公開されています。製作した遊具は、すべり台やトンネルが併設された「トンネルの広場」やおもちゃを入れて運べる「木の車」、保護者が遊んでいる子どもたちを見守れる「見守りのベンチ」などです。オリンピック・パラピックのレガシーを次世代の子どもたちに伝え、子どもたちが木材に触れ健やかに成長することを後押ししています。
木の遊具で遊ぶ子どもたち(写真提供:大館市)