社有林から伐り出した木材で、銀座に森のフィールドを実現した
王子ホールディングス本社1Fエントランス

王子グループの起源は1873年（明治6年）に、「近代日本経済の父」と称される渋沢栄一の提唱によって設立された「抄紙会社」に遡ります。パリ万博をはじめヨーロッパ各国を視察した渋沢栄一は、紙に文字が印刷されどんどん情報が発信されていく様子を見て衝撃を受け、日本が外国に追いつくためには製紙事業と印刷事業が不可欠だと実感したといいます。

「抄紙会社」は1893年（明治26年)に「王子製紙」と改称され国内最大級の製紙会社へと発展。戦後は3社に分割されましたが、高度経済成長とともに紙の需要も増大し、再び大きく発展してきました。紙の会社であることは、多くの人たちが認知していますが、実は王子グループは国内外に広大な森林を所有していることをご存知の方はあまり多くないかもしれません。王子ホールディングスが日本国内に所有する社有林はなんと約19万ヘクタールで国内の民間企業としては最大級。1930年代には、いち早く資源循環型ビジネスを志向し、原料となる木材を確保し続けるため、森林を健全に育て、その森林資源を活かしながら人々の生活に必要な製品を提供してきた、実は森林ととても関係が深い会社なのです。

王子グループは、創業150周年を控えた2022年に存在意義（パーパス）を「森林を健全に育て、その森林資源を活かした製品を創造し、社会に届けることで、希望あふれる地球の未来の実現に向け、時代を動かしていく」と設定しています。

本社1Fエントランスの木質化リニューアルは、まさにこのパーパスを具現化したものです。広報IR部の鈴木さんは「森林とともに生きていく会社の姿を象徴的にアピールするために木質化によるエントランスのリニューアルを考えました。社有林から伐り出した木材を使いましょう！と乃村工藝社の柳瀬さんからご提案いただき、せっかく広い社有林があるのだから、ぜひ使ってみようと賛成しました。しかしグループ会社に森林を整備する会社はあるのですが、実は本格的な製材の事業はやっていないので、けっこうハードルは高かったんですよ」。

エントランスに設置されているウッドデッキや各種ベンチ、テーブル、レセプションカウンターなどに使用した木材は、すべて王子ホールディングスが所有する北海道地区の社有林から伐り出されたものです。使用している樹種は北海道を代表する針葉樹のトドマツ、カラマツ、エゾマツ。また、ミズナラ、マカバ、ニレ、センなどの広葉樹と多様です。

「トドマツは水喰（みなくい）といって1本の木の中で局所的に含水率が高い部分が存在します。そのため乾燥させるのが難しく、後になって木が反ったり割れたりすることがあるのですが、それも生きている材料である木材の持ち味だと割り切って使っています」と鈴木さん。

柳瀬さんも「無垢の木の持ち味を伝えたいと思いなるべく不必要な加工はせず、そのままの状態で使うようにしました。座面には厚めにウレタン塗装をすることが多いですが、最低限の塗装しかせず、木肌の感触を楽しんでいただけるようにしています。木の切り口の表情が一つひとつ違うことや、樹種によって色が違うことを知っていただければと思います。角材を組んでつくったベンチも、木の存在をそのまま伝え、色の変化やひび割れなどの経年変化も含めて、木のよさを感じてもらえればと思います」。
 

本社玄関を入ると最初に目にとまるのが大きな円形のベンチと植栽のシンボルツリーです。円形ベンチはトド松の角材を放射状に3段に並べたデザイン。角材の年輪の様子が一つひとつ違うことがわかります。

その右手にはミズナラ材のウッドデッキの両側に、曲線を描くトドマツ角材のベンチが配されています。両側を植栽に囲まれ、森の中にいるような気分に浸れます。数カ所に置かれた円形のサイドテーブルの天板はニレ、センなど北海道らしい木材を使用しています。

レセプションカウンターの天板にはマカバを使用し、腰部分はカラマツの角材を並べて、年輪を見せるようにデザインしてあります。

2カ所に設置されたI型の角材ベンチはカラマツ、トドマツ、エゾマツを使い、それぞれ木肌の色や感触の違いを楽しめます。ひときわ目をひくのが在来種の生木の植栽です。木材を伐り出した北海道の植生は、東京のビルの中で育てるのは困難だったので、九州地方の森林に自生している在来種で植栽計画を立て、ビルの中でも生育するようにLEDを利用した植物育成照明を設置し、水やりなどにも工夫をしています。

現在の王子グループは、印刷情報メディアとしての紙だけでなく、段ボールやティッシュ・トイレットペーパー、工業用の特殊紙など多様な紙製品を社会に提供しています。近年は紙以外の製品開発にも注力しており、森林資源である木質由来のバイオマスプラスチックやバイオ燃料、セルロースナノファイバーなどの新素材開発をはじめ、メディカル＆ヘルスケア等の新しい領域への事業拡大も目指しています。

鈴木さんは「地球上に様々な資源と呼ばれるものがありますが、例えば鉱産資源は掘り出して使ってしまえば、それで終わりです。しかし、紙の原料である木は伐って使っても、私たちがもう一度植えて育てることができる再生可能な資源です。当社は、それを100年近く続け、これからも続けていくということを今回のエントランスのリニューアルで、理屈ではなく体感していただけたらと考えています」。
リニューアル後、1年以上経ちますが、社内・社外からの評判はとても良いそうです。「当社の強みは、木をパルプに加工することができ、そこからは紙はもちろんプラスチックや燃料、医薬品など様々な製品をつくり出すことができることです。その象徴となるのが広大な社有林。私たちは様々な製品をつくるインフラ・技術だけでなく、原料を提供してくれる森林を持っているのが大きな強み！そこを丁寧にアピールしていきたいと思います」。森とともに生きる会社として、今後も多様な木材の利活用に期待したいです。

なお、今回取材した王子ホールディングス本社ビル1Fエントランスのリニューアルプロジェクトは、日本ウッドデザイン協会主催による「ウッドデザイン賞2023」のソーシャルデザイン部門に入賞いたしました。