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- 老朽化した設備を木質化することで、利用者が快適な空間を創出しその効果を検証するアリスガーデン木質化プロジェクト
老朽化した設備を木質化することで、利用者が快適な空間を創出し
その効果を検証するアリスガーデン木質化プロジェクト
29年前につくられた広場の老朽化した設備を木質化することで、市民が快適に過ごせる空間に変える試みが広島市の中心部にあるアリスガーデンで実施されています。このプロジェクトに取り組んでいるのは、地元の商店街とまちづくり団体、創業120年の木材販売会社。木質化の経緯や今後、期待することなどをお聞きしました。
イベントも開催できる広場として生まれたアリスガーデン
階段状の大型ウッドデッキ
広島市中区の紙屋町・八丁堀地区は広島の中心的な繁華街です。西国街道(山陽道)と広島城に挟まれたこの地区は、江戸時代から広島を代表する商業地でした。広島市では、戦後再開発された街がいま更新期を迎えていて、様々な都市開発プロジェクトが動き始めています。この地区の10の商店街と9つの大型店は「広島市中央部商店街振興組合連合会」(以下 中振連)を結成し、行政と連携しながら多彩なまちづくり活動を展開しています。近年では「」と「並木コンソーシアム」という、都心のビジョン作りと公共空間を有効活用するための社会実験を進める2つのエリアマネージメント組織とも連携しています。
今回のプロジェクトは、広島パルコの裏にあるアリスガーデンと名付けられた広場施設の木質化です。アリスガーデンは1994年に広島パルコができたときに一緒に再開発されたもので正式名称は西新天地公共広場といいます。中振連専務理事でわかさ屋呉服店三代目の若狭利康さんは「昭和50年代は、お好み焼きの屋台が立ち並んでいる広場でした。しかし広場を整備するために屋台を近くのビルに移転させ、それが今、観光客に人気の“お好み村”のルーツになっています。その後、紆余曲折があって、この広場はパルコができるときに整備され“アリスガーデン”という広場になりました」と振り返ります。
中振連専務理事の若狭利康さん
木質化による利用者の行動変容に期待
今回のプロジェクトで新設された雲形ベンチ
アリスガーデンは、“都会のおもちゃ箱” をイメージして整備された広場です。広場全体がコンクリートの上にタイルを貼った構造になっていて、イベント用のステージや階段状の観客席、ベンチも同様のタイル貼りになっています。
整備されてからすでに30年近くが経ち、タイルの老朽化も目立っています。これをなんとかしたいと地元の商店街と広島パルコ、大成建設、地域住民が「アリスガーデン改修事業化検討委員会」を結成し、さらにお隣の「並木通り商店街」、「うらぶくろ商店街」なども加わって2020年(令和2年)に「並木コンソーシアム」が結成され、地域のまちづくりの未来ビジョンの作成に取り掛かっています。若狭さんは「公共空間を有効活用することで居心地がよく、暮らしやすく、働きやすい次世代の地域循環型の街を実現したいと思っています。しかし、それが実現するまでにはかなり時間がかかります。そこで、手始めにアリスガーデンを木質化し、それが都市空間にどのような効果をもたらすかを検証することにしました」と話します。
このプロジェクトの企画を担当している地域価値共創センターの増野良子さんは「私たちは、紙屋町・八丁堀地区で実施したカミハチキテルというエリアマネジメントのプロジェクトで、バスが停車する車道の切り込み部分にウッドデッキやウッドベンチを設置し空間をつくる社会実験を2020年に行いました。木質化することで、今まではただ歩いて通り過ぎるだけの空間だった歩道に人々が集い、ふれあいが生まれるという成果がありました。温かみのある木材だからこそ、そういう行動変容が生まれたのだと思います。アリスガーデンでも同様な効果が生まれることを期待しています」。
地域価値共創センターの増野良子さん
広島県産ヒノキの無垢材を活用
アリスガーデンの木質化に関する設計・施工は、本来は木材調達と販売が主な業務の(株)スガノが担当しました。代表取締役社長の三原聖史さんは「木質化したのはステージの向い側にある観客席にもなる階段状の構造物と5ヵ所に設置されていた四角いベンチです。その他に大きな雲形ベンチを一つ新設しました。既存のコンクリートの構造物を除去しない前提だったので、構造物を木材で覆うことで木質化しています。苦労したのは、下地がタイル貼りのコンクリートで釘が打てないため接着剤で固定せざるを得なかったことです。接着剤で固定すると水はけが悪くなるので、下地のタイル面が木材と直接触れないように、市販の基礎パッキンを挿入しています」。
使用した木材についてお聞きすると「すべて広島県産のヒノキ材で、約9.4立米使用しています。クリーンウッド法に基づいて合法性が確認できた無垢のヒノキ材を、広島のザイエンスで加圧注入による防腐防蟻処理をして、JAS性能区分のK4相当の耐久性を確保しています。基本的に厚さ15mmのフローリング材のようにして使っています。ベンチはもちろん階段状のウッドデッキも人が腰掛けるもので、表面の仕上げには特に気を配りました。新しく設置した大型のベンチは、暖かい雰囲気を演出するため柔らかい曲線を活かした雲形のベンチにしました」。
(株)スガノの三原さん
メンテナンスや落書きやゴミ対策
今後のメンテナンスに関して三原さんにお聞きしました。「定期的にチェックしていきますが、K4相当の保護処理をしているのと、木材が直接タイル面に接しないようパッキンを使っているので、腐朽に関してはそれほど心配していません。壊れたところがあれば補修をしますし、腐れや水が溜まりやすくなった場所には、防腐剤や保護塗料を塗ってメンテナンスする必要があると思っています。完成後、約2か月(取材時)ですが、人が使う部分は汚れてくるだろうと思っていましたが、雨による汚れは想定以上でした。今のところ落書き被害は出ていないので、それはよかったなと思っています」。
若狭さんは「落書きは想定していたので、警告サインをたくさん設けたのですが、その抑止効果があったようです。木質化前はゴミ箱のゴミが溢れ返っていましたが、実験的にゴミ箱を撤去してみたら今までより捨てられるゴミが少なくなっています。木質化による人々の意識に変化によるものかもしれません。このプロジェクトは実証実験という意味合いもあるので、今後の状況を見守りながら計画的に調査をしていきたいと思っています」。
三原さんも「木材販売業者としては、販売した木材の経年変化を見る機会があまりありません。今回は、設計・施工も自社で担当できたので、今後の変化をしっかり見ていきたいと思っています」と話します。ゴミ対策は、指定管理者による日常の清掃の他に全国的なゴミ拾いボランティアNPOグリーンバードの広島チームによる清掃も行われています。今後は、並木コンソーシアムでもグリーンバードのご支援の下にボランティアによる清掃活動を行う計画を立てています。
これからの広島のまちづくりに役立てる
左から三原さん、若狭さん、増野さん
2022年12月10日にアリスガーデンの木質化完成式が行われました。今までのタイル貼りのベンチは、夏は直射日光が当たり焼け付くように熱くなり、冬は逆に冷たくなってしまい、あまり使われていませんでした。しかし、断熱性が高い木材だと、温度変化が激しくなく手触りも柔らかく温かみを感じます。アリスガーデンでも木質化してからは、ベンチや階段状ウッドデッキに腰掛けてお昼を食べたり、休憩したりする市民の姿を多く目にするようになりました。
増野さんは「公園の一部の設備だけでも、こうして木質化することで、利用者の行動変容が見られ積極的に公園の設備を利用し、滞在時間にも変化があるように感じています。また、たくさんの人が集まるこの場所にウッドデッキやウッドベンチが常設され、人々が木に触れられることは、木材需要喚起という点でも、とても重要だと思っています。ここで行われるイベントの回数や内容にもいい変化が起こるといいなと思っています」。若狭さんは「全体から見ると少ない面積しか木質化させていませんが、目立つ場所に木を使っているので全体の印象が変わり、暖かみを感じるようになったと思います。近隣の商店街や住民の皆さんからも“良くなった”という声をよく聞きます。この木質化プロジェクトは“都会のオアシス”と“まち文化の発信地”が基本的なコンセプトなので、その両方を達成できる場所にしていきたいと考えています」。
木を活用するまちづくりを、行政やデベロッパー任せではなく、市民の立場から提案し、行動していくことはとても意義あることです。アリスガーデンの取り組みが、これからの広島のまちづくりに役立ち、木材需要促進のきっかけになればと思います。
完成式のテープカット
写真提供:中振連