その土地の材料を生かした“おばあちゃんの家”のリノベーション浜松市出身で、現在は神戸市に設計事務所を開いている池田裕樹さんは2020年に浜松市新居町にある築90年の“おばあちゃんの家”を譲り受け、地域の工務店の協力を得て、地域の人たちのコミュニケーション拠点としても活用できるアトリエに改装しています。残せるものは残し、残せないものは形を変えて利用し、その土地の材料を使ったリノベーションについて施主であり改修の設計をした池田さんと木材の調達から工事までを担当した浜松の石牧建築の佐原さんのお二人にお話を伺いました。 目次 家の前面を90cm減築して間取りも変更地域の人がふらりと立ち寄ってくれる解放感を演出古民家改修のポイントは傾きの修正天竜材を価値高く利用する地域の方々の手を借り、一緒にリノベーション地産地建で地域の小さな循環をつくる
家の前面を90cm減築して間取りも変更 浜名湖西岸に位置する湖西市新居町は江戸時代には新居関所という関所が設けられていた由緒ある宿場町です。現在の新居町は、牡蠣の養殖やしらす漁が盛んな漁師町として、静かな佇まいを見せています。 「この家は私の曽祖父が昭和8年に新築したもので、家を継いだ祖父・祖母がずっと住んでいました。私の父もこの家で育ち、私が小さい頃は、お正月や夏休みになると親戚の子どもたちがこの家に集まっていました。改修した一番の理由は、前の道路が景観道路のために歩道の拡幅計画があって、建物の前面が拡幅ラインにかかっていたからです。解体して建て直すための市の補助金が用意されていたのですが、建て替えたくはなかったのでそのお金を活用して最初は曳家をしようと考えました。 しかし、そのまま家を移動すると屋根のケラバが隣の建物に当たってしまうので諦めて、思い切って建物の前面を90cm切り取り、減築して前面の外壁を作り直すことにしました。それに伴って間取りを変更して将来自分がアトリエとして使ったり、地域に開いたオープンなスペースとして活用したりできるようにしました。家の左手にあった“通り土間”を水回りスペースに変更して、その代わり、玄関を入ってすぐのスペースを土間にしました。土間スペースの天井と二階の床を撤去して大きな吹き抜け空間をつくっています。またこのスペースの前面はフルオープンにできるガラス扉にして、半分屋外のような雰囲気にしました。二階の前面もガラス窓にしたので光と風を採り入れる気持ちのいい吹き抜け空間になっています」。 ガラス戸を全開にできる一階の土間スペース 二階から土間スペースを見下ろす 前面の開口部を大きくとるため桁を梁の上に設置 減築により使わなくなった古材も捨てずに棚や壁板に利用 池田裕樹さん(左)と石牧建築の佐原広祐さん(右)
地域の人がふらりと立ち寄ってくれる解放感を演出 梁の下にあった桁を梁の上に乗せ換えた 減築により前面を作り変えたことで、とても明るく解放感がある印象のファサードになっています。「一階は、梁が乗っていた桁を一旦取り外して、梁を90㎝短くして、外した桁を梁の上に乗せる構造に変更しました。ここがいちばん苦労した改修ポイントです。梁の下に桁があると外から見た時に圧迫感があるので、梁の上に桁を乗せることで前面の開口部を広くとり、解放感を演出しました。外から気軽にこの建物に立ち寄っていただけるようにしたかったんです」。 使えるものはなるべく残して使っていくのが、池田さんのリノベーションの考え方。使い場所がなくなった古材も、板に加工して棚をつくったり、壁板にしたりして再活用しています。「梁や桁は前にあったものをそのまま使っています。桁の梁が乗っていたところには新たに間柱を入れ、あえて古い材と新しい材を一緒に使って木材の色艶の違いを見ることができるようにしています。間取り変更に際しては、私が元の家の軸組図を起こし、こう改修したいという図面と模型を作ってみんなで相談しました。ベテランの棟梁のアドバイスがとても役に立ちました」。 改修のために池田さんが作成した模型
古民家改修のポイントは傾きの修正 迫力のある小屋組の構造を現しに この改修のもう一つのポイントが小屋組の構造を現しにしたことです。「二階の天井裏を覗いてみたら、小屋組がとても迫力があったので現し(あらわし)にすることにしました。マツの丸太で組んでありますが、X字に梁を架けているところもあり、最近の木造住宅では見ることができない先人たちの知恵が活かされていてとても面白いと思います。改修で天井板を外してみたら、建て前のときの棟札(むなふだ)が残っていて、新築の年月日、施主の曽祖父の名前、棟梁の名前が書かれていました」。 古民家の改修は、新築にはない難しさがあるといいます。苦労した点を池田さんのお聞きしました。「建ってから年月が経っているので、建てたときは水平だったものが、どちらか片方が下がったり、上がったりしています。また、間取を変更したので、家全体の強度を担保しないといけません。今回、この改修ができたのは、木造の技術があり、経験が豊富な石牧建築さんに協力していただけたからです。新築と違って、古民家のリノベーションには経験がある大工さんが不可欠だと改めて感じました」。 石牧建設の佐原さんは「古民家再生で難しいのは、いかに軸組の傾きを元通りに直すかだと思います。その修正さえできれば後はそれほど難しくはありません。この現場には、経験豊かな棟梁である当社の社長のお父さんに入ってもらいました」と話します。 天井裏に残されていた棟札
天竜材を価値高く利用する ガラス扉を開け放つと半屋外のような空間になる 浜松市の北にある天竜区は、天竜林業地として名高く、昔から良材の産地です。今回の改修工事の木材調達、工事を担った石牧建築は、天然乾燥の天竜材を使うことにこだわった木の家づくりをしている設計・施工会社です。 佐原さんは「石牧建築には、私を含めて3人が設計や営業、現場管理で、後の6人は社長も含めてみんな大工なんです。木材は基本的にはすべて天竜材で、天竜区の製材屋さんから直接仕入れています。今回の新居町のアトリエに新たに使った木材はすべて天竜材です。天竜地域は、他の地域が拡大造林による植林をはじめるよりも10年か20年早く植林をしているので、いま80年生、90年生の大径僕がたくさんあります。しかし、今の時代、大きな板材はあまり求められていないので、当社では大径木から芯去りにした梁材を二丁取りして梁材をとっています。柱にするときも芯去りにして三面化粧のきれいな柱がとれます。この家の柱も割角(芯去り)の三寸五分のスギ材です。芯去りにすることで割れが入りにくく、きれいな材が取れます。天然乾燥にもこだわっているので、色艶がよく何よりも1本の原木を価値高く使うことができ、山で働く人たちにも収益を還元することができます」。 石牧建築はプレカットではなく全棟、大工さんが墨付け・手刻みで材を加工しているのも特長です。「プレカットの方が効率的なのかもしれませんが、手刻み可能にして地域の大工さんを育てていくことは、私たちの役目ですし、私たちのような地域の工務店が生き残っていくためにも必要だと思っています」。 改修に関する総指揮をとった石牧建築の佐原さん
地域の方々の手を借り、一緒にリノベーション ワークショップには様々な年代の方が参加(写真提供:いけだ建築舎) 池田さんは改修にあたって地域の木材だけでなく、様々な地域の材料を使っています。その一つが土間です。「これは三和土(たたき)土間といって、土と石灰とにがりを混ぜて、その化学反応を利用して自然に固める手法です。ここにも地元のものを使おうと浜松市北浜区にある土を使いました。土間づくりはワークショップスタイルにしました。近くにある新居関所跡や道の駅、周辺の飲食店にチラシを置かせていただいたり、高校時代の友人たちに声をかけたりして総勢30名ほどでつくりました。建築の作業は専門家の分業で行われますが、これをもっと開かれたものにしたいと考えていたので、それを試す一つの機会でした。このスペースは地域の人たちに開かれた空間にしたいので、一緒に身体を動かして協働することで、その関係づくりができないかと思っています。土間づくりは、最初に砕石を敷きつめ、その上に土と石灰とにがりを混ぜたものを撒いて叩いて固め、何層も重ねていきます」。 その他、一部の壁には湖西土という奈良時代から焼き物に使われていた粘土を陶芸家の方から分けていただき使っています。「新居町は牡蠣の養殖が盛んで、冬になると牡蠣剥き場の近くには牡蠣殻が山積みになります。それを分けていただいて自分で砕いて、すり潰し、篩(ふるい)にかけて土壁に混ぜ込んでみました。粉砕紛が仄かに光り、壁の表情がより豊かになりました」。 牡蠣殻を砕きすり潰して土に混ぜる
地産地建で地域の小さな循環をつくる 古民家改修に地域材を使う意義について池田さんにお聞きしました。「祖母の実家は、浜松の材木屋だったそうで、この家を建てるのに使った木材は祖母の実家から調達したものだと聞いています。小屋組で使っているマツ材は、もしかしたら信州からもってきたものかもしれません。確かめることはできませんが、天竜の木もたくさん使っていると思います。なぜ、地域材を古民家改修につかうべきかというとなかなか答えがみつからないのですが、地域の木材を使ったり、地域の大工さんに仕事を頼んだりすることでこの地域の小さなモノやおカネの循環ができる、そこが大切なのだと思います。私は建築士として建物の設計をしますが、建物だけをつくるというよりは、そこに住む人や関わる人を含めた地域をつくっていくことに少しでも貢献できたらと思っています」。 佐原さんは「僕たちが天竜材を使うのは、やはり地域の産業に少しでもお金を落としたいからです。外材を使うのは簡単だけど、それでは地域の林業にお金が回っていかない。ですから地域の人たちと一緒に仕事をすることを常に心掛けています。別に天竜材を全国に広めたいわけではありません。各地には私たちと同じような規模の工務店た製材所がたくさんあると思います。天竜は、他の地域より植林が10年、20年早かったので、その意味では少し先を走っています。私たちの大径木の使い方などが、今後の各地の中小規模の工務店、製材所の仕事のやり方の参考になればと思います」。 ただ地域の木をつかうだけではなく、地域の人たちと一緒に仕事をして、小さな循環をつくっていくことが、これから必要なことかもしれません。 家の中はなるべく元の姿を残している
いけだ建築舎 一級建築士事務所(兵庫県神戸市) http://ikeda-archi.com/ 有限会社石牧建築(静岡県浜松市) https://www.ishimaki.com/ ※人物写真は、撮影時のみマスクを外して撮影しています。
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