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「もり」と「まち」の交流から
新しい木材活用の可能性を探る「もりまちドア」
「もりまちドア」は、非住宅分野での木材利用を促進するために、「もり」側の林業・木材産業事業者と「まち」側の空間クリエイター(デザイナー、プランナー、施主)が、お互いをもっとよく知ることで深くつながり、森を育む空間デザインを共同して創造することを目指した乃村工藝社と全国木材組合連合会の共催によるプロジェクトです。2020年10月~2021年3月に実施され、3回にわたる産地体験会を通じて「まち」側が「もり」側を訪れました。その後、その出会いをきっかけに新しい木材活用事例が生まれています。そして2022年12月22日に「もり」側のメンバーが「まち」側の乃村工藝社を訪れ、自分たちが生産した木材がどのように空間デザインに活用されているかを見学し、意見を交換する「もりまちMEETING」が開催されました。
「もり」と「まち」の意見交換会「もりまちMEETING」
井上さんの森を見学する産地体験会の参加者たち
1892年(明治25年)創業の乃村工藝社は、商業施設やホテル、企業PR施設、ワークプレイス、博覧会、博物館などの企画、デザイン・設計、施工から運営管理までを手掛ける空間づくりの総合プロデュース企業です。空間づくりに欠かせない素材の一つである木材に対する配慮や関心も高く、2010年には「応援宣言」をし、国産材や森林認証材等の利活用をする「フェアウッド・プロジェクト」の活動を、業界を巻き込んで積極的に進めています。現在は「ソーシャルグッド」をキーワードに、木材利用に留まらず、持続可能な社会に貢献する事業活動に全社で取り組んでいます。その一環として実施された「もりまちドア」プロジェクトは、産地体験会として多摩、尾鷲、飯能(西川林業地)の3カ所の木材産地を「まち」側のデザイナーやプランナーが訪れ素材生産や製材の現場を見て「もり」側の林業や木材関係者と交流を深める試みでした。
この取り組みから生まれた様々な新しい木材活用の事例は、乃村工藝社内のコミュニケーションスペース「RESET SPACE_2(リセットスペース2)」の内装や家具・什器 に反映されています。この日は、「もり」側から8名、「まち」側から8名が参加して「もりまちMEETING」を開催。「RESET SPACE_2」の産地材活用事例を見学した後、意見交換会を実施しました。
乃村工藝社のフェアウッド・プロジェクトリーダーの加藤悟郎さんは「もりまちMEETING」の冒頭で「もりまちドアは、木を生産する“もり”と、木を使う“まち”をしっかりつないで、新しい木の需要を創造しつつ、森林と経済的な循環を実現し、価値高く木材を利用していくことが大きな目的です」と挨拶しました。
乃村工藝社フェアウッド・プロジェクトリーダーの
加藤さん(右)とサブリーダーの梅田さん(左)
「もり」と「まち」の交流から生まれた木質空間
ユニークな端材の使い方に注目するもり側の参加者
乃村工藝社の「RESET SPACE_2」は、2021年3月に、本社ビルに隣接する台場ガーデンシティビル内にオープンしたニューノーマル時代に対応するオフィス内のコミュニケーションスペースです。オフィスの機能は、「仕事場」から社内外の多様な人たちとの「コミュニケーションを誘発させるイノベーティブな空間」に変わっていくという考えから、「RESET SPACE_2」は“Unique Park”をコンセプトとして社員の誰もが使える公園のようなスペースと位置付けています。室内空間に使用した木材は100%フェアウッドを実現し、産地体験会で訪れた産地の木材も各所に様々な形で使われています。
エントランスでは、丸棒のままラッシングベルトで結束してベンチの下周りやテーブルの腰板に使っています。床はヒノキ合板を素地のまま使い、ホワイトで塗装した後、拭き取ったものです。デザインした乃村工藝社の佐々井歩さんは「尾鷲の産地見学会に参加したときに、小径のヒノキ丸太があまり活用されていないとお聞きし、実験的に使ってみようと考えました。床はあえて節がたくさんある部分を使っています。ヒノキ材本来の白い色調が好きなので、一度、ホワイトを塗って拭き取り、その上からクリア塗装をしてヒノキの自然な白さを見せたいと思いました」と説明。もり側からの参加者は興味津々の様子でした。
小径丸太のユニークな使い方を説明するまち側のデザイナー
活発な発言で盛り上がった意見交換会
産地材を使用した内装や家具、什器を見学した後はセミナールームで意見交換会が行われました。乃村工藝社の加藤さんは「このプロジェクトの目的は、一緒になって木材の価値を高める新しい使い方の可能性を探ることです」と話し、「もり」側からは「先入観なく自由に木材を使っていることに驚きました」(フォレスト西川 上田さん)、「しっかり手入れをしてきた良質材を、高級品として扱える使い方はないだろうか」(林業家 井上さん)、「このリセットスペース2で使ってもらうこと自体が木の宣伝になっている。飯能は東京から2時間ほどで来ることができる。東京に近いという地の利を生かして何ができるかを考えている」(西川バウム 浅見さん)といった意見が述べられました。
また「まち」側から「木材の活用に“健康”というキーワードが使えるのでは」(乃村工藝社 西村さん)という意見が出され、「もり」側からも「木に囲まれて暮らすと体にいいということを提案できれば」(フォレスト西川 北畠さん)、「IT企業などストレスのたまりやすい職場で福利厚生的な意味合いでもっと木を活用していただけたら」(西川バウム 橋村さん)という意見がありました。また「弊社のウェルビーイングスペースに関するイベントでのアンケート結果で、関心のあるキーワードの1位がソーシャルデザイン、2位がメタバース、3位が木材活用で、木材への関心は高まっています。自治体と連携するなどして、木材を使うことが企業にとって社会貢献と言えるようになるともっと木材活用が広がるのでは」(乃村工藝社 岡村さん)、「お客様に木材を提案しても、価格面で負けてしまうことがある。そうならないためにお客様と一緒に森を訪れる機会があれば」(乃村工藝社 佐々井さん)など様々な意見が交わされました。
セミナールームで開催された意見交換会
「もりまちMEETING」後の個別インタビュー
産地見学会の参加者を森へ案内する井上さん
産地見学会は、生の声を聞ける新鮮な取り組み__井上淳治さん
「もりまちドア」の産地見学会は、とても新鮮な取り組みだと感じました。普段、私たちが接する機会がないデザイナーやプランナーの皆さまの生の声が聞けるわけですから。森林や林業のことをあまり知らない皆さんに、どう伝えたらいいだろうといろいろ考えさせられました。木材というモノの流れは、川上・川中・川下とつながっているはずなのですが、その木材が生まれる森のことは川下に伝わっていないことがわかりました。それはデザイナーの人たちの問題ではなく、こちらの伝え方に問題があったのだと反省しています。また、いろいろな場面で私たちとは違う視点をお持ちになっていて、それも新鮮に感じました。
飯能は東京から近いので、その地の利を生かした売り方を考えていかないといけないと思います。飯能なら東京の施主さまや工務店さまが、実際に森に来て木を選んでいただき、それを売ることができます。立っている木を1本だけ伐って売るのは大変なのですが、それが年間100本、200本になればビジネスになります。今日の意見交換会で健康は売りやすいとおっしゃっていました。今までも森林散策などをやってきましたが、木材そのものが健康に寄与するデータ、エビデンスが揃えば、木の売り方のもう一つの方向が見えてくるかもしれません。
井上淳治さん
林業家・林家、認定木材コーディネーター※
300年以上続く優良材の産地として知られる西川林業地(埼玉県飯能市の入間川、高麗川、越辺川の流域)で、10代以上にわたって林業を営んでいる井上さんは約80haの森を所有し経営している林家です。また、きまま工房「木楽里」の経営やNPO法人西川・森の市場代表理事を務めるなど多彩な活動に取り組んでいます。
井上淳治さん
木の使い方は、僕らが想像していた以上にある__若林知伸さん
前職のときに産地見学会の現地コーディネイトや案内役をさせていただきました。川下側の人たちを森へ呼び込みたいと考えていたので、またとないありがたい機会だと思いました。森に来ていただくことで、森が育てられ、木が伐られ、製材されて木材製品になっていくストーリーを知っていただくことができます。そのことが木材の価値を少しでも高めることにつながればと思います。
産地見学会では、西川材がブランドになっていないというご指摘をいただきました。外部から見るとそうなのか、と改めて気づかせられました。私も森林組合に就職したばかりの頃はそう感じていましたが、中に入っているとだんだん馴らされて問題意識を忘れてしまったと反省しています。歴史ある林業地なのでそれぞれの方の想いも様々で地域一丸となるのが難しいところもありますが、それを何とかしていくのが西川ラフターズの使命だと思っています。
今日の意見交換会は、「もり」側の人たちがどこまで関心を持ってくれているか不安だったのですが、思いのほかに活発に意見を出してくれてとてもよかったです。また木材活用の事例を見学させていただき、川上側の僕たちが考えている以上に木材には多様な使い方があるのだと大いに刺激になりました。西川ラフターズでも、自分たちの主力となる商品やサービスを早いうちにつくりたいと思っています。それが西川材のブランド構築につながればと思います。
若林知伸さん
合同会社西川Rafters 代表、准木材コーディネーター※
大学卒業後、メーカーの研究開発職を経て、岐阜県立森林文化アカデミーに入学し木工を勉強。卒業後、埼玉県の西川広域森林組合に就職し、2022年7月に起業して現在に至る。社名のRafters(ラフターズ)は「筏乗りたち」の意。西川林業地では江戸時代に丸太で筏を組み川を利用して江戸に運んでいたことに由来します。
若林知伸さん
西川バウムさんの「はしらベンチ」
木材を活用していただくには、木に触れる体験が大切__浅見有二さん
私は、多くの人に木を知っていただきたいと思っているので、産地見学会はとてもいい取り組みだと思いました。知られていないということが、木材の価値が上がらない大きな原因だと思っています。
リセットスペース2のような人が集まる空間で、無垢のままの木を使ってもらえると多くの人に木を知っていただけるのでとてもありがたいです。
私は「あなたにとっていい木とは何ですか」という問いかけを大切にしています。昔はいい木というのは、先祖代々枝打ちなどの世話をして育ててきた木からつくった柱材など構造材のことでした。しかしそれは柱を見せる和風の家をつくるときの良し悪しの基準で、今はもうその需要が少なくなっています。そんな中で木の良さを知ってもらうには、匂いを嗅いだり、手で触ったり、木目を見てもらったりする体験がとても大事だと思っています。実体験が伴わないと、なかなかそこに価値を見出していただけないのではないでしょうか。木は工業製品ではなく自然素材です。挽いてみれば一本として同じものが出てきません。それをどうやってお客様に伝えられるか、といつも考えています。
飯能は東京からとても近い木材産地。東京にはたくさんの人が住んでいるので多様な提案を受け入れてくれる可能性があります。今日の意見交換会で、観葉植物の代わりにスギやヒノキの若木を置たらという発言がありましたが、いろいろな人に知っていただくという観点で私はとてもいいアイデアだと思いました。それとストレスを感じている方がいる場所に木材を使うというのもいいですね。
浅見有二さん
西川バウム合同会社 代表
木材や木の建具・家具等を販売する会社に長年勤務した後、地元有志が集まり西川バウム合同会社を設立。西川材を使った各種製品の製造・販売を通じて日常生活の中に木の質感や香り、温もりがもたらす精神的な豊かさを提供しようとしている。製材したままの柱材をつかった「はしらベンチ」などユニークな取り組みにチャレンジしています。
浅見有二さん
もりまちドアトップページ
川上・川中・川下に木材コーディネートの視点が必要__梅田晶子さん
木を使う空間づくりの仕事を通じて自然・木との関り方を変えていくことができると感じています。しかし、多くのデザイナーやプランナーは、森・木に関する原体験が少なく、森や木材と自分の仕事とのつながりが感じられていないように思いました。そこで、まず原体験をつくり、一人ひとりの創造力の源泉に木材の背景がしっかり入るようになったらと考え「もりまちドア」を企画しました。「もり」と「まち」がパートナーになれば、お互いに発見をしながらウッドデザインを共創できると思います。
産地体験会の参加者から、すぐに自分の仕事にスギ・ヒノキを提案して木質空間を実現したという話を聞きました。最初の1年間で多摩、尾鷲、飯能の木を使う相談や実際に使用したという事例は十数件に達し、「もりまちMEETING」の会場となったリセットスペース2の木質空間も、産地体験会に参加したデザイナーの方達から生まれました。自分自身も日常的に「もり」側の方々と連絡をとりあって小さな思い付きや質問をやりとりし、身近で欠かせない仕事仲間になっています。
非住宅の内装や家具の分野では、もともとスギ・ヒノキといった木材を使う習慣があった訳ではなく、その必要性が浸透していないのが現状です。また、木を使いたいと思っても、どこに相談したらいいかわからない場合も多く、一人でも多く窓口となれる木材コーディネーターが必要だと感じています。
梅田晶子さん
乃村工藝社 フェアウッド・プロジェクト サブリーダー、認定木材コーディネーター※
大学卒業後、乃村工藝社に入社し、1996年からプランナー職に従事。モノづくり関連の展示や、環境、CSV 関連の企画・開発等に携わり、2010年「環境ソリューション委員会」、2018年からはフェアウッド・プロジェクト担当。今回の「もりまちドア」プロジェクトの発案者でもあります。
梅田晶子さん
新しい木材活用の可能性を広げるために
大河原木材の製材施設を見学
木材のサプライチェーンは、川の流れになぞらえて川上・川中・川下と呼ばれます。川上は森を育て、育った木を伐って素材(原木)生産をする林業の分野、川中は原木を加工して木材製品にする製材や木材販売の分野、川下は木材をつかって家を建てたり、家具をつくったりする建築等の分野です。木は川上から川中を通って川下へと流通するのですが、情報の流れは分断しているのが現状です。木という天然素材は「一年一作」の農作物と違い「百年一作」といわれるように、植えてから収穫できるまで数十年から百年近い歳月が必要で、いい木に育てるためにはその間に枝打ちや除間伐などの作業が必要です。木を伐る際も畑から作物を収穫するようにはいかず、伐った木を運搬する車両が通るための作業道をつくるなど多くの時間や手間がかかります。また木には伐り旬といって伐るのに適した時期(秋から春まで)があります。さらに伐った木は乾燥させることが必要でこれにも時間がかかります。
川下側の需要の時間の流れと川上側の生産の時間の流れに大きな隔たりがあるのも情報伝達がうまく行かない原因かもしれません。
「もりまちドア」の活動は、「もり」側と「まち」側が、交流することでお互いの事情を知り、その中で協力して木材活用の可能性を探るのが目的でした。お互い、事情を知り、交流が始まれば、お互いの情報不足は解消され、様々な対応策が生まれてきます。また、川上側でこんな木は使えないだろうと思っていたものも、デザイナーのアイデア次第では価値高く使える場合もあります。新しい木材利用の可能性は「もり」と「まち」が一緒になって考えてこそ広がっていきます。
もりまちMEETING参加者の皆さん