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- 地域産の針葉樹を活用した家具作りでサステナブルな木材利用に挑む株式会社キシル
地域産の針葉樹を活用した家具作りで
サステナブルな木材利用に挑む株式会社キシル
静岡県西部に位置する浜松市は、全国の市町村で2番目の面積を持ち、天竜川上流域には市域の66%を占める豊かな森林が広がっています。今年11月に創業20周年を迎えた株式会社キシルは、主に浜松産のヒノキ、スギの無垢材を使った家具を製造・販売しています。「日本の木で人を幸せにする」ことをミッションに掲げ、山主と連携して製材から加工・組み立て、販売、アフターサービスまで一気通貫でモノづくりに取り組んでいる株式会社キシル代表取締役 渥美慎太郎さんにお話を伺いました。
日本の森林のために針葉樹で家具作りを
一般的に、家具作りには針葉樹より、材質の硬い広葉樹の方が向いていると言われていますが、株式会社キシルは創業以来、地域産の針葉樹(ヒノキ、スギ)を使った家具作りを実践しています。そのきっかけは、社長の渥美さんが会社設立前に、東北地方のある森林組合の方から聞いた日本の森林の実情でした。「今は皆さんご存じのことだと思いますが、20年前に“日本の森には適齢期を迎えた木がたくさんあるのにぜんぜん使われていない”と聞いて驚きました。それなら日本の木を使って家具を作れば、何か山に還元できるのではと、社会課題を解決する壮大な夢を描いて会社を立ち上げました」。しかし、周囲からは“それは無理だ”、“難しい…”という声が多かったそうです。
「実際にやってみるとやはり上手く行かなくて…。どうして上手く行かないのか5、6年はもんもんと試行錯誤を繰り返していました」。渥美さんは、問題が一般流通している木材にあることに思い至りました。「その頃は一般流通している木材を使って家具を作っていたのですが、一般流通材は基本的に建築材用に山から伐り出されて製材されたものです。それを家具作りに流用していたことに問題がありました。そこで、まず乾燥工程を見直しました。しかし、乾燥だけでは上手く行かず、製材の方法にも問題があることがわかってきました。最初はそんなつもりはなかったのですが、結果的に乾燥や製材の工場を自社で持つことになり、やっと納得できる家具を作ることができるようになりました」。
山主と連携した木材調達にも取り組む
製品の組立・加工を行う南工場。
キシルの家具は、ほぼすべてが浜松産材を使って作られています。その理由をお聞きすると「最初は製材設備がなかったため一般流通している木材を購入していたので浜松産もあれば広島産や四国産もあるという状態でした。しかし製材を始めるようになって丸太を購入するようになると、やはり近くから調達した方が効率的です。木材調達は主に静岡県森連さんの原木市場などから調達していますが、浜松市の山主さんの所にも通ってキシルの趣旨をご理解していただき、直接購入もしています。
市場に出荷される丸太は建材向けに4mや3mで伐られていますが、家具用には2mあればいいので山主さんと話して、例えば1本の木の下の方2mだけをキシル用に出していただき、そこから上は建材用として出荷していただくということもしています。1本の木を無駄なく使え、お互いにメリットがあります。20年かけて浜松の山主さんたちとの連携を深めてきました。今では、木が生えている状態から家具用として使うにはどこにノコを入れればいいか、ということまで話し合えるようになっています」。
生まれも育ちも浜松の渥美社長。
Good Woodを使ってサステナブルなモノづくり
写真提供:株式会社キシル
「木材は、鉱物や石油と違って、使ってもまた木を植えて再生することができるサステナブルな素材です。キシルがヒノキやスギといった人の手によって植えられた木にこだわってきた理由がそこにあります。地域で植林された木材を使うことは地産地消という観点だけではなく、植林という素晴らしい日本の文化に根差したサステナブルな素材をつかっているところにも価値を見出していただけたらと思います」。
浜松市の天竜地区では森林の化が進んでいて、黙っていてもFSC認証材が手に入ります。また、キシルには主に乾燥・製材を行う東工場と組立・加工、梱包を行う南工場の二つの工場がありますが、どちらもFSC認証を受けています。
「先祖代々受け継いできた山に植林をして愛情をこめて育ててきた木を収穫し、暮らしの中で使っていくことはとてもサステナブルなことだと思います。人が植えた木を家具というカタチで暮らしの中に生かしていく文化を消費者の皆さんに広めたいという気持ちも込めて。キシルでは“Good Wood”と呼んでいます」。
安全性の高い天然原料の塗料を使用。
針葉樹家具を作る様々な技術、ノウハウを蓄積
ヒノキのベッドは人気商品の一つ。
植林木(=Good Wood)を使ったモノづくりは植えて・育てて・収穫して・利用する「森林のサイクル」を回すことで森林資源を持続的に活用していくことができます。しかし、ヒノキやスギで納得できる家具がつくれるようになるまでには様々な難関がありました。木材を利用する時、含水率が問題になりますが、一般的に構造用製材や造作用製材では含水率を20%以下にしています。
しかし、家具を作る場合はもっとシビアに乾燥させることが必要で、含水率を8%ぐらいまで抑えています。また、加工の仕方も広葉樹と変える必要がありました。「広葉樹に比べて針葉樹は材質がやわらかいので、ノコギリを入れるときも2回に分けたり、ドリルで穴をあけるときも一度逆回転させたり、きれいに仕上げるために様々な技術やノウハウが必要です」と渥美さんはいいます。
テーブルや椅子の脚も1本の木から削り出すと曲がりが生じるので、板を貼り合わせた上で削り出し、曲がりが生じない工夫をしています。材の調達から乾燥、製材、デザイン、加工、販売からサポートまですべて1社で行っているので、思い切ったデザインができ、試作やテストも好きなだけできるのがキシルの強みになっています。
写真提供:株式会社キシル
木材は長い時間と手間から生まれた贅沢な素材
木目が美しいスギ材をつかった本棚
渥美さんは木材を使うことのメリットについて
「暖かみがあるとか、香りがいいとか、肌触りがいいとか、木材にはたくさんの効用がありますが、私がいちばん魅力を感じているのは、ものすごく長い時間と手間をかけて、植林という文化の中から生まれてきた贅沢な素材だということです。木の家具を買うということは、その木材に込められた何十年という時間も一緒に手に入れることになります。それは、他の素材の家具では味わえない贅沢だと思っています。
また木の家具は時間が経っても使い続けることができます。家具業界では樹齢分だけ家具は使えると言います。ヒノキなら80~100年は使えます。木材より先に金具の方が駄目になりますが、金具を交換すれば長く使い続けられます。キシルは、学習机からスタートして今ではリビング、キッチンなど暮らしの中の様々な家具を作っています。最近の人気商品はヒノキを使ったベッドです。ヒノキ材を使った家具が多いのですが、個人的にはスギの木目が好きなので、もっとスギを使っていきたいと思っています。
日本の固有種であるスギの学名はCryptomeria japonica。その意味は“隠された日本の財産”ですからね」。
木の家具づくりで人々の暮らしを豊かにするだけでなく森林も豊かにしていく、キシルのサステナブルな取り組みはこれからも続きます。
外装に木材を使ったキシル浜松店
株式会社キシル(静岡県浜松市)
www.xyl.jp
※人物写真は、撮影時のみマスクを外して撮影しています。