- Story
- 木の塀と木の遊具の要素を併せ持つ みたけ台幼稚園のボルタリングウォール
木の塀と木の遊具の要素を併せ持つ
みたけ台幼稚園のボルタリングウォール
横浜市青葉区の閑静な住宅地の中にある「みたけ台幼稚園」には、2歳から5歳まで約300人の子どもたちが通園しています。広々とした園庭には様々な遊具が備えられていますが、2022年1月に初めて全長16mの大きな木の遊具がお目見えしました。園長先生の木下泰さんと設計・施工、木材供給に携わった長谷萬の鈴木康史さんにお話しを伺いました。
360°パノラマビューで見る
木に対するイメージが変わりました
広々とした園庭の一角に木の塀のように設置された遊具
みたけ台幼稚園の園庭に入ると、東側の擁壁(ようへき)の前に大きな木の塀が目に付きます。これがDLT(Dowel Laminated Timber)という木質構造材を使って建てられた木の遊具ボルダリングウォールです。園長先生の木下さんにつくられた経緯や狙いをお聞きしました。
「あの場所は冷たい感じがするコンクリートの壁になっていて、子どもたちがぶつかると危ないのでクッション材を設置しようかと考えていたんです。そんなときに長谷萬さんが素敵な木の遊具のパンフレットをお持ちいただいたのでご相談したところ、夢が広がるたくさんのご提案をいただき、その中から予算や工期に配慮して決めたというのが本当のところです。
園には鉄製の遊具がいくつかありますが、冬は触ると冷たいんです。また今の子どもたちは木登りをしたり木で細工をしたりする機会がないので、木の遊具があったらいいなとずっと思っていました。ただ、木は腐ったりトゲが刺さったりして危ないというイメージを持っていました。しかし、長谷萬さんからていねいなご説明を受けて木のイメージが変わり、子どもたちのためにも木の遊具をつくるべきだと思いました」。
園長先生の木下さん
木の遊具は、子どもたちの成長にいい影響を与える
子どもたち同士で助け合いながら遊んでいる
2020年東京オリンピックの新競技にも選ばれたボルダリングは人気のスポーツ。今回の木の遊具「ボルダリングウォール」は、ウッドフェンスにボルダリングの要素を遊びとして取り入れたものです。子どもたちには、どんな効果があるのか木下さんに伺いました。
「今、小学生の握力が年々下がっています。ボルダリングウォールは手でつかむことはもちろん、腕力や脚力、身体のバランスなどを遊びながら養うことができると思います。実際に子どもたちが遊んでいるのを見ると、得意な子が不得意な子に登り方を教えたり、身体を支えてあげたり、とてもいいコミュニケーションも生まれています。幼児教育では触感が大切な要素ですが木の遊具で遊ぶことは、子どもたちの成長にいい影響を与えると思います。
実は、工事中には子どもたちに何ができるか秘密にしていたんです。工事中は囲いをして現場に入れないようにしていたんですが、子どもたちは囲いの外から毎日、わくわくしながら何が出来るのかを見ていました。お披露目したときには、みんな一斉に走り寄って目をキラキラさせて遊んでいました。子どもたちに発表する前に、先生たちで安全面を確かめるために実際に遊んでみたんですけどみんな夢中になって壁に登っていました。人間って楽しいことがあると子どもに返るんだなとそのとき思いました。鉄製遊具をお披露目したときに、鉄そのものに触ろうとする人はいなかったんですが、ボルダリングウォールの木の壁にはみんなが触っていました」。
ボルダリングウォールは長さ16m!みんなで遊べます
接着剤を使わないDLTは、100%無垢の木
DLTは接着剤を使わず、板材を木ダボだけで接合する
今回の遊具には、DLT(Dowel Laminated Timber)と呼ばれる板材を木ダボで接合した積層材が使われています。設計・施工を行った長谷萬は、東京・木場で長い歴史をもつ木材問屋でもあり、国内でDLTの開発・製造を行っています。長谷萬の鈴木さんにDLTのメリットについて伺いました。
「DLTは、CLT(Cross Laminated Timber/直交集成板)などと同様にマスティンバー(Mass Timber)と呼ばれる木質構造材の一つで構造壁や屋根、床、意匠材として使われています。CLTとの大きな違いは、接合に接着剤を使用せず、板材に穴をあけ、木ダボを押し込むことで接合していることです。穴より少し太い木ダボを無理やり押し込むため年数が経っても緩んできません。DLTのいいところは、100%木材で環境への負荷が小さいこと、そして中小の木材事業者でも簡単に生産できることです。
地域材を使って、小さな事業者が木質構造材を生産し、板材のままよりも付加価値をつけることで、木材製造業者だけでなく、木材を生産する林業家や山主の皆さまにも利益を還元することができます。板材は主にスギやヒノキを用いますが、今回は国産のスギ材を使いました。木ダボは固い材料が必要なため欧州ブナ材を使用しています。
DLTの開発・製造にも関わっている長谷萬の鈴木さん
徹底した腐朽対策と安全対策
今回は屋外で使用するためDLTに防腐・防蟻薬剤の加圧注入を行いJAS規格のK4相当の性能にしてあります。木材の奥まで薬剤が浸透するように、ホールド(ボルダリングで手を掛けたり足を載せたりする突起物)のボルト穴を開けた状態で薬剤を注入しました。また水は木口(こぐち)から浸み込みやすいので、最上部にはDLTで笠木状の部材を作り雨水を避けるようにしてあります。さらに遊具設置後に水性木材保護塗料を二度塗りし、万全の腐朽対策を講じています。また、安全性を確保するためウォールは溶融アルミメッキを施した鉄骨で支えています。遊具の裏側はホールドを止めているボルトの点検や、風通しを考えて人が通れる空間をつくっています。ホールドを固定するボルトは、鉄製だと錆びて強度が落ちることがあるのでステンレス製のボルトを特注でつくりました。子どもたちが1m50cm以上は登ることができないような構造にして安全性を確保しています。
メンテナンスに関してはマニュアルを作成し、最低でも1年に1回は点検を実施し、状況に応じて塗装のタッチアップや塗り直しなどを行っていく予定です。しかし、大切なのは管理者の方による日常点検なので点検シートをご用意し、ササクレや塗装の劣化などお気づきの点があったらすぐにご連絡していただくようにしています」。
|
|
(左)最上部には雨避けのため笠木状の部材を設置 |
(右)ウォールの裏は点検と風通しのための空間を確保 |
木材活用の幅を広げるDLTの可能性にも期待
安全のため1m50cm以上は登れないようになっている
ボルダリングウォールで、今後どのようなことを実証されていきたいかをお聞きしました。鈴木さんは「薬剤注入による防腐処理を施したDLTの外構での使用はすでにいろいろ検証していますが、今回は遊具として製作したので、子どもたちに遊んでもらい、どのように変化するかを見守りたいと思います。DLTは壁や床、天井などに利用されていますが、この事例によって外構、遊具としても活用できることを実証し広く発信していきたいです」と話します。
園長の木下さんは「幼稚園の子どもたちは五感を鍛えていく時期なので、この遊具がもたらしてくれる効果に期待しています。これからの子どもたちの成長がとても楽しみです。いい遊具ができたと思います。当園の事例を広めて、木の遊具の良さを広め、少しでも多くの園で木の遊具がつくられるようになればいいなと思います。また今はコロナで難しいですが、ボルダリングウィールは大人でも楽しめるので、ぜひ保護者の方にも触れて、遊んでいただける機会を設けたいです」と話しました。
木の塀と木の遊具の要素を併せ持つボルダリングウォールの良さは、子どもたちが目をキラキラさせて遊んでいる姿を見れば一目瞭然です。また、DLTは大きな設備を持たない木材事業者でも木質構造材を生産できるので、その可能性にも期待したいと思います。
写真提供:長谷萬
../_files/story/story_54-16.jpg写真左から、株式会社 長谷萬の坂口 新さん、鈴木康史さん、学校法人 原田学園 みたけ台幼稚園の木下泰さん