町内の森林資源を最大限活用した京丹波町の木造新庁舎京都府中央部に位置する京丹波町は、古くから「丹波の国」と呼ばれ、京の都に木材や松茸、鮎など山や川の恵みを送り届けていました。京丹波町役場では、古くなった庁舎を移転新築する際に、町の資源である木材の活用を目標に掲げ、使用した木材の96%が町産材の木造新庁舎を建設しました。2021年11月に開庁したばかりの木造新庁舎建設に携わった方々にお集まりいただき、お話をお聞きしました。
豊富な森林資源を地域で活かす体制づくり 無垢の町内産ヒノキ柱が目を引く印象的なファサード 京丹波町内の国道9号線を北上していくと、目の前に何本もの桧の通し柱が印象的な京丹波町役場新庁舎が現れます。2017年(平成29年)2月に基本計画が策定され2021年(令和3年)10月の竣工まで4年半にわたり新庁舎建設に関わって来た新庁舎建設室の中村さんにお話をうかがいました。 「私たちの町は約83%が森林で覆われています。その森林資源の活用にこれまでも薪ストーブの導入や木質チップを燃料とするバイオマス熱供給システムなど様々な取り組みをしてきました。新しく庁舎を建てる際にも、まず町内産の木材を活用した木造建築を検討しました。しかし、町内で伐り出された木材の大部分は町外に出荷されていて、町内で使用されることはあまりなかったのが実情です。豊富な森林資源を町内で活用する体制をどうつくるかが重要なポイントだと思っていました。今回の設計者選定プロポーザルの提案では、町内の生産業者さん、製材業者さんをうまく絡めた形で町産材を使用する体制が示されていて、それが採択の大きなポイントになりました」。 京丹波町 新庁舎建設室の中村さん
町内の製材業者が共同企業体を結成して木材供給 1階の待ち合わせロビー 京丹波町には3社の製材会社があって、杉の製材、檜の製材、集成材ラミナや下地材の量産製材とそれぞれ得意な分野が分かれていました。今回のプロジェクトでは、その3社が共同企業体(JV=Joint Venture ジョイントベンチャー)を組み、府内のJAS認証工場、府外の大断面集成材メーカーと協力して木材の調達・供給に取組みました。京丹波木材供給JVの代表を務めた丸和木材の野口さんにお話を聞きました。 「ちょうど伐採時期が来ていた町有林があって、事前調査したところ今回のプロジェクトで使う木材を賄えるということで、京丹波森林組合が伐採を行い、町内の3つの製材業者が協力して木材供給に取り組み、地元でできることは地元でやる、という方針で進めました。JAS格付けが必要な構造用製材は京都府内の複数の協力工場に、それぞれの強みが活かせる品目を分担して協力していただきました。製材業は木材サプライチェーンの川中にあたる産業ですが、今回のプロジェクトでは川上の森林組合若手の現場担当者ともやりとりし、また川下の設計サイドとも情報交換するなど慣れない業務に四苦八苦しましたが、ものすごく勉強もさせてもらって、それはいい経験になったと思います。この経験をこれからどう生かしていくかが課題ですね」。 京丹波木材供給JV 野口さん
2本の平角製材をビスで一体化した「組立柱」を開発 二つの部材をビスで固定して1本の柱として使う「組立柱」 木造建築の場合、耐火性能が重要な要素です。新庁舎は準耐火構造で、部材を太くすることで一定時間は柱が燃えて折れないようにしています。準耐火構造にするには、単純にいえば燃え代が十分にある太い柱を構造材に使えばいいわけですが、太い柱は乾燥に時間がかかるため、大径の原木があっても大径の柱はなかなか手に入らないという課題がありました。これを解決したのが京丹波町新庁舎で初めて使われた「組立柱」です。発案されたKAPの萩生田さんにお話をお聞きしました。 「準耐火性能を満足させるには集成材の太い柱を使う方法もありますが、集成材に加工する工場が町から遠い地域にあることや、できれば町内の人がたくさんこの建築に関わるようにしたいという思いから、以前から考えていた『組立柱』を産学一体で開発しました。120mm×240mmの二つの平角製材をビスで一体化して240mm×240mmの平角柱として使用しています。広域連携で京都府立大学の田淵先生や当時京都大学で助教だった北守先生、京都府森林技術センターの協力を得て実験を重ねた結果、ヤング率の近い部材をペアリングすることで座屈耐力を確保できることが実証できました。この『組立柱』の採用により、今までは製材では難しいとされていた準耐火性能を実現でき、町内の事業者さんに木材の伐採から製材・加工そして建築まで関わっていただくことができました。また、なかなか使い道が見つからない大径材を活用する道も開けたと思います」。 「組立柱」を発案したKAPの萩生田さん
木を素直に使い、木のよさを伝える 京丹波町の木をふんだんに使用した議場 続いて設計を担当した香山建築研究所の松本さんからお話をうかがいました。 「建築家・香山壽夫には木造建築の設計に臨む際に、心がけている信念のようなものがあります。それは、できるだけ木を素直に使う、ということです。京丹波町新庁舎は、材料調達の容易性と構造的合理性に基づいて、架構が計画されています。技術の進化により様々な形が生み出せるようになりましたが、木の美しは合理性の中に潜んでいるのではないかと思います。一見すると普通の柱にしか見えない『組立柱』もそれに通じています。今回の計画では、木の魅力を十分に伝えるために柱や梁などの構造体を露出しています。内装に関してもスプリンクラー等の消火設備を多数配置することで建築基準法が定める『内装制限』を緩和し、木材をたくさん使って木の存在感をしっかり見せています。防耐火計画については、桜設計集団の安井昇氏から設計支援をいただきました」。 ドーム状の木の格子天井がひときわ目を引く議場についてもお聞きしました。 「議場は造作材としての木の魅力を違う次元から表現することにチャレンジしました。議場は京丹波町の象徴的な空間なので、京丹波町の木の魅力を存分に見せようと考え、架構も見えるようにし、その下にヒューマンスケールの空間を作りだすためにドーム状のヒノキ格子パネルを設置しました。日本人には古くから木材に対して共有している寸法感というものがあって、それがちょっとでもずれると重たく感じたり、逆に華奢に感じたりします。最終形態の格子パネルにするまで、何度も試作を繰り返し、実物と同じスケールのモックアップをつくって検討しました。床や机などの備品も町産材を使用しています」 香山建築研究所の松本さん
設計の段階から木材調達を計画的に実施 2階の執務室と待ち合わせロビー 木材コーディネーターとして町産材の調達から製材・加工、建設に至るまで一貫して設計チームをサポートしたNPOサウンドウッズの竹内さんは「今回のプロジェクトでは、設計の段階から計画的に町産材の調達を行いました。町内の製材事業者さんに企業体を組んでいただき、森林組合や建築サイドと連携をとっていただきながら木材供給を担っていただきました。山の情報を木材の情報に置き換え、設計に反映させていくノウハウは、京丹波町だけでなく全国の同じような背景を持つ自治体にとっても役立つ事例になると思います」。 また、香山建築研究所の松本さんは「木は身近にある資源ですが、実際に木で公共建築物をつくろうとすると難しいことが多く、手間もかかります。鉄骨造などもっと簡単に建てる方法はあるのですが、木の構造だからこそ実現できる空間があると思います。今回のプロジェクトが、ほとんどすべての木材を町内で調達して建てることができたのは町にとっても、同じような課題を抱える自治体にとって素晴らしいモデルケースになると思います。森や木材に関わっている方に、少し明るい未来を感じるきっかけになればと思っています」。 NPOサウンドウッズの竹内さん
“町民の居間”としても機能し、町民に親しまれる庁舎に 交流ラウンジは、年代を越えて地域の人が集う空間 新庁舎の一角には図書コーナーとカフェが併設された交流ラウンジが用意され、町民が自由に使えるスペースとなっています。図書コーナーの本は借りて帰ることもできます。現在、カフェのスタッフで木材供給JVにも関わっていた安藤慎子さんは「設計段階では“町民の居間”というコンセプトで、町民の有志によって交流ラウンジを考える会が結成されて、いろいろな要望が出され今の形になりました。オープンしてからは、町内の方がお友達やご家族と来てくださったり、中高校生が自習したり、大学生がオンラインの授業を受けたりしています。今まで町内に勉強をしたり、本を読んだり、友達と話し合ったりできるスペースがなかったので、このラウンジが地域の人が集える拠点になればいいなと思っています。皆さん、入ってこられると木の香りがしてとても快適と言ってくださり本当にうれしく思っています。まだオープンしたばかりですが、少しずつ利用者も増えてきています」と早くも新庁舎が地域の人たちが集う空間になっているようです。 最後に京丹波町の中村さんが「新庁舎の建設にあたっては、1まちづくりの拠点となる、2まちを守る防災拠点となる、3人にやさしく利用しやすい、4機能的で合理的、5環境にやさしい、6町民に永く親しまれるなどの設計方針を立てていました。まだ開庁したばかりですが、来庁された方たちには木の温もりや魅力を感じていただけていると思っています。京丹波町は中山間地で人口もだんだん減って高齢化が進んでいますが森林資源は豊富にあります。今回の町産材と町の事業者をフルに活用して木造建築をつくった私たちのノウハウや取り組みが、全国の同じような状況の市町村に広がったらいいなと思っています」と抱負を語ってくれました。 頼もしさを感じる太い組立柱
写真右から、香山壽夫建築研究所 松本洋平さん、株式会社KAP 萩生田秀之さん、京丹波町 総務課 新庁舎建設室 中村昭夫さん、京丹波木材供給JV 野口太志さん、NPO法人サウンドウッズ 竹内優二さん 京丹波町役場 http://www.town.kyotamba.kyoto.jp/ 香山建築研究所 http://kohyama-a.co.jp/ 株式会社KAP https://kapstructure.wixsite.com/engineers NPO法人サウンドウッズ https://www.soundwoods.net/ ※人物写真は、撮影時のみマスクを外して撮影しています。
Story 木の街づくりTALK 「都市(まち)の木造化推進法の目的と今後の展開」(前編) 木の街づくりTALK 「都市(まち)の木造化推進法の目的と今後の展開」(後編) 360° 加圧注入処理と保護塗料に熱圧加工処理を加えて 過酷な環境下での外構木質化促進の未来を占う実証実験 生け垣からウッドフェンスへ。ウッドタウンならではの悩みを解消!