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北海道の厳しい風雪に耐える、今村公園のウッドフェンス
北海道、渡島半島の中央部に位置する瀬棚郡今金町の「今村公園」には、北海道産のスギを活用して建てられたユニークな形状をしたウッドフェンスが設置されています。完成してから2年、厳しい冬を越してきたウッドフェンスは、どんな状態になっているでしょうか?今金町を訪れ“今村公園再生プロジェクトの会”の高橋伯奉さんと、設計・施工を担当した外山建設の新保力男さんにお話しを伺いました。
町の創始者の旧邸を地域の人々が憩う公園に
渡島半島横断道路(国道230号線)沿いにある今村公園
今金町は、渡島半島北部、東を長万部町、西をせたな町に挟まれた「農業のまち」。今村公園は、この町の創始者の一人、今村藤次郎さんの旧邸の敷地を改修して公園にしたものです。町名の「今金」は、今村さんの「今」ともう一人の創始者である金森石郎さんの「金」に因んで名付けられました。今村さんは早稲田専門学校(現早稲田大学)に進学し、政治家の尾崎行雄、犬養毅らに師事していたといいます。当時、まだ若い国会議員だった犬飼毅は、殖産・勧農政策に関心が強く、北海道開拓民を募集します。それに共感した今村さんと金森さんが明治26年(1893年)、当時は利別原野と呼ばれていた現地に入植し原生林を開拓して町をつくりました。
今村さんは、その後も利別村農会(現在の農協の前身)会長や村会議員を務め、鉄道敷設※請願運動にも奔走し、町の発展に大きく貢献しました。今村さんは、町民からの人望が厚く、今村邸では町民が集まって花見や夕涼み会が行われ、地域住民の憩いの場として長く親しまれていました。今村藤次郎さんは昭和27年(1952年)にお亡くなりになりましたが、その後は茶道の先生をしていた娘さんが住み、庭は学校帰りの子どもたちの遊び場となり、お茶を習いに通う近郊の女性たちがお宅に集まるなど地域交流の場となっていました。しかし、昭和60年頃に娘さんが亡くなると、直系の子孫が絶えたため邸宅は放置され、荒れ放題になり40年近くが過ぎました。当時、今村邸で遊んだり、家に上がって昔話を聞いたりしていた町の人から、何とかしたいという話が持ち上がり、相談を受けた高橋伯泰さんが邸宅を買い取り、「今村公園再生プロジェクトの会」を結成。荒れ放題だった敷地を整備し、邸宅を補修改装して「今村公園」として令和元年(2019年)にオープンさせました。その際に北海道産材を活用したウッドフェンスを新設しました。
※国鉄瀬棚線、1987年(昭和62年)に廃線。
施主の高橋伯奉さん
地元のスギ材の良さを知って欲しかった
2年経ってもほとんど変化はありません
今村公園再生プロジェクトの会の高橋さんに、ウッドフェンスをつくった理由をお聞きしました。高橋さんの本業は、今金町で製材・木材販売業を営む山一木材工業の社長さんです。
「いちばんの理由は、木に親しんでもらいたいということですが、特にスギの木のよさを知ってもらいたいという気持ちがありました。北海道でも道南エリアにはスギの人工林がありますが、地元の人でも道産材というとエゾマツ、トドマツ、カラマツを思い浮かべ、スギがあることがあまり知られていません。せっかく地域にスギという使いやすい木材があるのだから、こんな所にも使えるよ、とPRしたいと思いました。実際に使われているところを見て、触れていただかないとスギの良さがわからないですからね」。
塀に使った木材は、すべて今金・せたなエリアのスギで、高橋さんの会社で伐採・搬出から製材まで行った地産地消の材です。また、公園内にはスギの丸太を使った遊具やベンチなどを設置して子どもたちが遊びながら木に触れられる工夫が凝らしてあります。
竣工時
地元のスギ丸太を利用した遊具やベンチ
町でも注目を集めたユニークな形状のウッドフェンス
デザインの自由度が高い木の特性を生かした形状
今村公園のウッドフェンスは、ウェイブ状の形状が大きな特徴です。設計・施工をした外山建設株式会社の新保力男さんにウッドフェンスのデザインの狙いや構造についてお聞きしました。今金町に本社がある外山建設は土木建築の設計施工、木造住宅施工等を営んでいます。
「ウェイブ状のデザインにしたのは、自然景観とマッチさせようと考えたからです。あとは、塀で公園が隠れてしまわないように高低を付け、国道を通る人の目を惹くという狙いもありました。楽しい雰囲気も演出できたと思います。金属製のフェンスだとこの形状は難しいですが、ウッドフェンスなら現場で大工さんが図面に合わせて加工できます」と話してくれました。
施工後にこのウッドフェンスを見た町の方から問い合わせもあったそうです。「同じようなウッドフェンスをうちでも建てたいという方がけっこういました。ただウェイブ状にするのは手間もコストもかかるので、1件は予算の関係から普通のウッドフェンスに、もう1件は予算に応じたアレンジをしてつくりました」とユニークな形状のウッドフェンスは町内でも注目の的になっているようです。
施工を担当した外山建設の新保力男さん
風雪に耐える頑丈な構造
2m近い積雪に耐えるため筋交いで補強
今金町は、内陸性気候のため夏は気温が30℃を超え、冬は季節風が強く、積雪も200cmを超すこともあり特別豪雪地帯に指定されています。厳しい気候条件に耐えるため、ウッドフェンスにはどんな工夫をされたのか、新保さんにお聞きしました。
「まず木材は、対候性に優れたK4注入材としました。北海道でK4注入加工をしてくれる業者さんが見つからなかったので、製材して乾燥させたスギ材を青森まで運んで処理しました。竣工から2年以上が経ちますが、目だった傷みも破損もまったく見られません。また、風雪に耐えるために通常よりも厚い24㎜の板材を使い、支柱は10cm角の柱材を使っています。塀自体も二重の構造にして、さらに筋交いを立てて補強しています。塀の土台はコンクリート、筋交いの根元は10cm角の柱材を60cmの深さまで埋めて固定しました。かなり頑丈な造りになっていると思います」
次にメンテナンスについてお聞きすると「今のところは特にメンテナンスはしていません。K4注入材を使っているので、10年近くは問題ないだろうと想定しています。しばらく様子を見て、必要があれば防腐塗料を塗布しようと考えています。万が一、破損した場合は、その部分の板だけ取り換えればいいと思います。板も柱も一般に流通している規格寸法にしてあるのですぐ手配できます」。
竣工時
子どもたちが遊びながら木の良さを知る場所に
公園内の旧邸宅は改修されて「今村記念館」として公開されています。1階は今村藤次郎さんに関する資料の展示コーナーや地域の人の集会所として利用できるスペースがあり、2階は壁を木で張り替え、子どもたちが勉強や読書をするための部屋になっています。その狙いを高橋さんにお聞きしました。
「今村さんのお宅やお庭は、かつて町の人や子どもたちが気軽に集える憩いの場所でした。子どもたちは、ここに来て昔話を聞き、町の歴史や自然の豊かさを学びました。もう一度、そんな場所をつくりたいというのが狙いです。公園がオープンしてからコロナ禍の影響でなかなか人が集まることができませんでしたが、これから徐々にいろいろなイベントを企画して活用していこうと考えています。すでに子どもたちへの読み聞かせ会や将棋教室などは開催しています。個人的には子どもたちが遊びながら木の良さを感じてもらえる場所になればいいなと願っています。」
今村公園は、地域の人が集って町の歴史を知り、木の良さを感じる施設として、これから先も町の人たちに活用されていきそうです。
今村記念館の2階のこどものための木の部屋
旧邸宅は「今村記念館」として公開