酒屋、和菓子屋、イベントスペース。五感を通じて感じる空間を河野俊郎様と、河野せい子様が営む酒屋と和菓子屋がある、河野俊郎酒店。河野様ご夫妻と、工事を担当した西尾組代表の西尾武彦氏に話を伺いました。 目次 イメージは御殿場の虎屋。県産材で、木造建築を木材の良さは加工のしやすさ。現場のニーズに柔軟に対応できる見る、香る、聴く。五感を通じて伝わっていく、建物の良さ工事のために積まれた木材を見たら、自然と涙があふれてきた
イメージは御殿場の虎屋。県産材で、木造建築を 2階のイベントスペースとつながるウッドデッキ 河野俊郎様: 「河野家が営む河野俊郎酒店は、私で3代目。昭和4年から、ずっとこの宮崎市清武町で酒屋を営んでいます。 ご存知の通り、宮崎県は焼酎で有名な土地。地元の焼酎に加えて、全国の蔵元に伺い日本酒、またワインなど、様々なお酒を取り揃えています。また酒店と併設して営んでいるのが、和菓子を扱う文菓堂。こちらは妻のせい子が代表です。 この建物が完成したのは2019年8月。酒店と文菓堂はそれぞれ別の場所で営業していたのですが、どちらも入る建物を建てたいと考えて土地を購入し、建てました。 敷地全体を見渡すと、酒店に加えて、ウッドフェンス、そしてパーゴラがあります。全体が木で統一されているので、とても落ち着きがありますね。 現在は建物1階で酒屋と和菓子屋を営み、2階はイベントスペースとして人に貸したり、イベントを催したりしています」。 西尾氏: 「当時、河野様からは、『静岡の御殿場にある、虎屋様のような建物にしたい』とご相談を受けました。 建物を見ると、富士山の麓にある立派な木造建築。中は広々として、木のぬくもりと清潔感、また自然の豊かさと優雅な時間を感じられるような作りになっていました。 そこで最初に思ったのが、『このイメージならば木造は外せない』ということ。すでにこの時点で、木造でいこうと考えていました。 また余談ですが、宮崎県はスギの生産量が日本一。東京では鉄骨の方が安く、木造はむしろ贅沢品なイメージがありますよね。しかし宮崎の場合は、県産材を使えばコストが抑えられ、予算も柔軟に対応できるようになるため、一石二鳥でした」。 外廊下の天井も木材で作り、雰囲気を統一
木材の良さは加工のしやすさ。現場のニーズに柔軟に対応できる 1階駐車場から、2階のウッドデッキに上がることができる 西尾氏: 「木は温かみや優しさがあるとよく言われますが、作り手の目線で言うと、加工がしやすいのも大きな特長。家を建てる前には模型を作り、これから作る建物の説明をするのですが、それだけではなかなかイメージが湧かないことも多いため、建築の最中に様々な要望をいただくことがあります。 そのような要望に対してもある程度柔軟に応えられるのが、木の良いところです。鉄骨では一度組んでしまえば修正するのはなかなか難しいですが、木造はそれができるのですね。 2階のイベントスペースにあるキッチンカウンターも建築途中に考案し、設置しました」。 河野せい子様: 「模型だけではイメージが湧かず、作っている最中にたくさんの要望をお伝えしてしまいました。 きっと難しいこともたくさんあったと思うのですが、一つひとつの要望に応えていただいた西尾組の方々に感謝するとともに、木の柔軟さをあらためて知ることができました」。 ウッドデッキとつながる2Fのイベントスペース。キッチンカウンターも……
見る、香る、聴く。五感を通じて伝わっていく、建物の良さ 広々としたウッドデッキ 西尾氏: 「建築において特にこだわったのは、光の取り入れ方。建物は『くの字』型になっているのですが、2階の東側と西側には窓があり、日の出と日の入りにおいて光が差し込む形になっています。 また同様に2階のイベントスペースでは、梁(はり)や桁(けた)に、通常使用する集成材を使っていない点も大きなポイント。集成材は切り分けた木材を接着剤で組み合わせたものを指しますが、こちらでは無垢材を使用しています。 無垢材だとヒビが入ることもありますが、強度には関係ありませんし、経年の変化も木材の良さ。年月が経つほど、風合いがでてきます」。 河野せい子様: 「現在はインターネットの通販も多くなっていますが、実店舗の強みは『五感』。 以前から酒店に訪れるお客様が、『お酒の心地よい香りがする』と言っていただいていたのですが、この場所ではそれに加えて、木の香りと酒饅頭をはじめとした和菓子の香りもするようになりました。 いろんな心地よい香りが混ざり、『ここに香りを嗅ぎに来た』と、笑いながら言っていただけるお客様もいるほどです」。 河野俊郎様: 「五感といえば、2階のイベントスペースも同様です。設計の時は、『柱が少し多いかな?』と思ったのですが、完成したらこれが全体のポイントになりました。 また音がよく反響するのも特長のひとつです。あるピアニストに演奏会をしてもらったことがあるのですが、『ここは音がすごく柔らかくなる』とおっしゃっていました。観客の方にも同様のことを言われましたね。さらにはピアノの調律師にもご意見をいただき、『ここなら、習いたての子どもが弾いてもうまく聴こえます』とおっしゃっていただきました。 実際、歩いているだけでも、静かな空間に靴の音が広がっていくのがわかります。 個人的な見解ではありますが、この建物の『くの字』の形状と、木材のしなやかさによる反響が、この音響空間を作っているのではと思います」。 無垢材を使用している「梁(はり)」
工事のために積まれた木材を見たら、自然と涙があふれてきた 河野様ご夫妻(左)と、工事を担当した西尾組 河野せい子様: 「はじめは、『ここで酒屋と和菓子屋をやるんだ』という実感はあまりありませんでした。しかし着工して、『河野酒店様』と書かれた木材が積まれているのを見たら、なぜか涙が自然とあふれてきたのです。 まっさらな土地で、この建物のための木材が積まれている。当たり前の光景なのですが、『よく山からここに来てくれたね』と、感動してしまいました。もし鉄骨が積まれていたら、そうはならなかったかもしれません。 大工さんをはじめ、いろんな人が仕事をして支え合っているからこそ、この木材が建物になっていくことを強く感じました。 現在は少しずつ木造建築の良さが認知されてきていますが、その文化やそこに関わる人々の仕事を、この先も残していってほしいと思っています」。 河野俊郎様: 「幼稚園など公共性の高い建物で木造はありますが、個人のお店でここまで大きい木造建築はあまりないと思います。この木のぬくもりを感じながら、事業に加えて地域のコミュニティとしてこの場所を生かしていきたい。 イベントスペースは、まさにそういった目的で作りました。この場所で、人と人とのつながりが生まれれば、この地域全体が活気ある場所になっていくと思うのです」。 1階の酒店。特徴ある組み方をしている柱が印象的
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