作庭家が挑戦する森林の自然再生。
放棄地からの脱却。祖父が残した長泉農場(静岡県駿東郡)にて
1979年生まれ。東京農業大学大学院修了後、家業の造園業へ。現在
矢藤園(東京都世田谷区)の4代目として、個人住宅の作庭と管理を主に行っている。「素敵な住空間は家と庭をセットで考えること」をモットーに日々建築も勉強している。
撮影・聞き手 池内 満
森林は国土の保全や地球温暖化の防止、木材をはじめとする林産物の供給し、私たちの生活や経済に大きく貢献しています。さらに多種多様な樹木や下層植生等で構成され、希少種を含む多様な生物の生育・生息の場を提供し、持続可能な社会の構築の根源を担っています。
その豊かなはずの森林が今、人の手を離れ、荒れた森林となりつつある中、自然を積極的に再生しようと新たな動きがあります。「自然再生士」の資格を持ち、自ら所有する森林を研修の場として提供する作庭家 矢藤氏にお話を伺いました。
祖父が残してくれた山を自然再生実習の場に
静岡県三島市にある矢藤園・長泉農場
「自然再生士」とは?造園家の矢藤さんが資格をとったきっかけは?
「自然再生士」は、樹木医や松保護士を認定する「日本緑化センター」が自然再生の事業を管理・監督する認定資格として、平成23年度に策定した制度です。
私は造園業 矢藤園の4代目ですが、矢藤園には私の祖父が50年前に植木生産を目的として購入した山地、長泉農場があります。幼少期に虫取りをして遊んでいたのですが、月日が経つに連れ、カブトムシが取れなくなっていることに気がつきました。これが山や自然について考える契機となり、自然再生士の資格を取得したのです。
講師の和歌山大学・養父先生に長泉農場の相談したところ、自然再生士を育てるための実地研修会場として使えないかという話になり、提供することに決めました。研修により、放棄地となった農場が生き返りを行うことができ、生物の住処(すみか)としてカブトムシが戻ってきてくれる場所になればいいなと思っています。
そこに棲む生物の事を考えて、デザインする
沢で現状の説明をする矢藤昭憲氏
研修ではどのようなことをするのですか?
今回の研修では、過去の作業の振り返りを行いました。観察対象は、主に田んぼ・雑木林・沢・人工林。田んぼは、収穫は目的とせず、敷地内に水場がないことから以前に作成しました。雑木林は大径木化したため、天然後方下種更新の方法で萌芽更新を図り、沢は、夏場の乾燥期に生物の逃げ場として水の溜め場を石で作成。人工林は、林床の希少種調査を行いました。これらの観察結果を踏まえ、現状の課題、作業計画、場の活用についてみんなで話し合いました。次回、秋の研修では各エリアの調査を行いながら、選択的除草や作業路の選定を行う予定です。
日本の森林はそのままでは再生しない
田んぼの近くに生息するモリアオガエル
森林はそのまま自然に放っておくだけでは、再生されないのでしょうか?
一度人の手が入った自然は、継続して人が何らかのケアを続ける必要があります。今年、よい木があり昆虫採取が出来たからといって、来年も、そのまた次の年も、同じような環境が訪れるとは限らないのです。健全な自然、森林には条件があります。
実習を担当された麻生先生の言葉の引用になりますが、自然再生という観点では、その土地固有の何千年の歴史の結果として、今回観察した動植物や地形があります。この場所で言えば、カンアオイやヤマルリソウ、リュウノウギクなど、希少種の草木がそこに根付いている。その自然に手を入れるということは、偶然の物語に意図的に加筆することになるため、細心の注意が必要です。できるだけその歴史を尊重し、未来につなげていきたいと思っています。 絶滅危惧種のオトメカンアオイ
庭から森林を考える。
手入れされた人工林
今後の展望はありますか?
自然の在り方が急激に変わっている現代では、土地のポテンシャルを診る目を養い、活かす技を身に着けることは、その土地だけでなく人生を豊かにする秘密が詰まっていると私は考えます。さらに未来の顧客や職人を育てるには、幼少期に自然体験をすることが大事です。今後は大人だけでなく、子供たちを対象に日本の歴史と山林との関係を学べる実習を行い、木の魅力を伝えていこうと考えています。