建物自体が木造建築と三重県産材の教材となる
林業・木材業界の人材を育成する「みえ森林・林業アカデミー」棟

「みえ森林・林業アカデミー」は2019年（平成31年）に開講した新しい視点や多様な経営感覚を持った林業や木材業界の人材育成機関です。就業のためではなく、すでに林業や木材業界に就業している方、森林資源を活用した起業を目指している異業種の方など幅広い方を対象に各分野で様々な課題に自ら取り組み、それぞれの分野でリーダーシップを発揮する人材を育てることを目標としています。

アカデミー棟の設計のコンセプトを副学長の福岡さんにお聞きしました。「基本的な考え方は、単に学びの場としてだけでなく、アカデミーに関わる沢山の人々が交流できる場とすることです。設計においては次の3つのコンセプトを掲げました。一つ目が快適な学びと交流の場の創造、二つ目が持続可能性の実現、三つ目に建物自体が木造建築の教材となることです」。

建築に使った木材はすべて三重県産の一般流通規格の無垢材で、柱や桁、梁はJAS構造材を採用し、応力がかかる部分には強度等級を指定したヒノキ材を、それほど応力がかからない部分にはスギ材を使うなど、一本一本の品質・性能が担保されたJAS構造材のメリットを生かし、効率的に無駄なく木材を使っています。また、大径木からとった大断面製材を利用したワイドスパンの架構も実現しています。内装は羽柄材、端材、小径木を有効に活用し、製材歩留まりを良くすることで木材生産者への利益還元を目指しました。また、柱材はFSC認証を受けた尾鷲ヒノキ材、製材品は三重県産の管理木材とし、その他の木材や森林由来の木質原料も管理木材とすることで、2023年6月にFSCプロジェクト認証（FSC-P001969）を取得しました。

基本設計を担当した南勢建築設計の山本さんは「私一人ではなくアカデミーのご担当者と県営繕課のご担当者の3者で創り上げた建物です。日本建築の良さを活かそうと考え、夏は陽射しを遮り、冬は陽射しを取り入れ快適に過ごせるように南面の軒を深くしています。また、木造建築の教材という意味合いがあるので、各部屋の天井や壁面、床面の仕上げに様々な技法を取り入れています。施工の手間はかかりましたが、三重県産材でこんなことができる！といういい見本になっていると思います」。

壁面や床面は場所ごとに四日市、津、松阪、伊勢、伊賀、尾鷲、熊野の三重県を代表する7つの産地の木材を使い分けています。製材時に出る端材を重ね合せ天井に使ったり、県内に自生している広葉樹を各ドアの取っ手に用いたり、三重県の伝統工芸品である『尾鷲わっぱ』を教室のランプシェードに採用したり、ユニークなアイデアが各所に盛り込まれ、県産材への愛とこだわりを感じます。

施工を担当した山口工務店の西井さんは「多いときには40人以上の大工さんに現場へ入ってもらいました。部屋ごとに仕上げが多彩なのに加え管理木材の仕分けなど悪戦苦闘の日々でした。そのため、それぞれの作業が得意な大工さんに担当してもらいました。各持ち場で責任感を持ち仕事をすることで、お互いが切磋琢磨し『いい仕事をしよう』という相乗効果が生まれました。大工さんや建具業者さん一人一人がこれまでに培ってきた匠の技術の賜物です。そして、発注者様をはじめとし、設計・監理者様、各施工業者様みんなの総力を結集することで完成させることができたと思います」

地域材を使用する公共事業の中大規模木造建築でいちばん配慮が必要なのが木材調達の部分です。施工者が決定してから木材調達に取り掛かるのでは時間がかかり工期内の完成が難しくなります。そこで三重県農林水産部が中心となり関係者と密接に協議し、木材調達を先行して行う「材工分離」発注方式を採用しました。三重県農林水産部 森林・林業経営課の西さんは「工事に先立って木材調達に取り掛かれたので時間的に余裕ができました。しかし、今までに経験のない規模の調達だったので最後まで気が抜けませんでした」。

木材調達でコーディネーター的立場を担当した松阪木材の中野さんは「供給量に関しては十分対応できる受け皿が三重県内にはあります。良質なヒノキの柱材を供給できる尾鷲地域や豊富な出材量を誇る松阪地域など特色を持った産地があるので、それらをうまく組み合わせて効率的に供給することに注力しました。製材所ごとに生じる品質のバラツキを管理することが苦労した点ですが、構造材に関しては、最新設備を持ち生産能力の高いJAS認定工場で調達することで、安定した品質を担保することができました。建物の内装に使われている木材は、もちろんすべて三重県産ですが、どの地域から出材されどこで製材・加工されたかまで分かるようトレーサビリティが徹底されています。三重県内のさまざまな地域から調達された材がいたるところに利用されていますので、是非来訪の際は楽しんでみていただければと思います。」と話します。

また中野さんは「材工分離発注のいいところは、余裕のある調達時間を有意義に使うことができることです。先行して関係者(設計・監理・発注者・施工者)と連携がとれることで、供給側に求められている本質的な部分が分かり、より吟味された木材を準備する時間が確保できます」。リードタイムが長い木材流通では、工事に先立って木材調達を行う「材工分離」発注は、木材利活用推進の観点からもとても有効な手段です。

外壁は防腐防蟻処理をしたスギ板を雨水の浸透を防ぎメンテナンスもしやすい下見張りにしています。

また、周辺環境への配慮や持続可能性の実現に対しても様々な取り組みを行っています。屋根には太陽光パネルを設置し、発電した電気を蓄電池に貯めて利用しています。また雨水をタンクに蓄え、平常時はトイレの洗浄水などに使っていますが、浄化・殺菌しているので、災害時には飲用水にも使用できる装置を備えています。さらに棟内に薪ストーブを3台、暖炉を1基備え、自然エネルギーを暖房に利用しています。

副学長の福岡さんは「昨年の夏に集中豪雨のためアカデミー周辺の地域が停電したことがあります。そのときもこの建物では電気も使え、トイレの水も流れました。今後、こうした気象災害も予想されるのでアカデミー棟を避難所としても役立てることができそうです」。

地域産材を地域で利活用することは環境負荷を低減し、森林資源の循環利用を図り、次世代へ豊かな森林を継承していくことに繋がります。それに加えて薪などの再生可能自然エネルギーの利用などを組み合わせていくことで持続可能な社会の実現に寄与できます。

西さんは「三重県では令和3年に『三重の木づかい条例』を施行し、県が整備する公共建築物の木造・木質化を進めています。今後はアカデミー棟建設で培った経験とノウハウを広く共有していくことで、木造・木質化をさらに推進していきたいと考えています」。

アカデミー棟のJAS構造材の供給を担当したグリーンウッドタクミ協同組合の理事である浦田将成さんにお話を伺いました。

グリーンウッドタクミ協同組合は、ウッドピア松阪内にある構造材・羽柄材・内装材の製材を行う東海地区最大級の国産材製材工場です。構造材から内装材まで、スギ、ヒノキで一戸建て一棟分すべてを提供できるのが特長です。

JAS認定を取得した製材工場であり、構造材に対しては曲げ式グレーディングマシンやマイクロ波透過式含水率計により木材1本1本に対し機械等級区分を行っています。また製材機もコンピュータが原木を自動計測判別し、柱、土台、梁桁、間柱、胴縁などを一日500本以上生産可能な最新式コンピュータ制御付全自動製材機ノーマンスーパークリアiを導入しています。

「構造材の１本１本に曲げ荷重をかけて、たわみの量からヤング率を測定しています。含水率も透過式含水率計で、木材の端から端まで測定しその平均値を出しています。普段から三重県各地と原木のお取引きをしているため、今回も従来のやり方で原木を調達できました。材工分離発注で早めに原木調達を手掛けられたため、良い原木を集められました。それでもスケジュール通りに製材・乾燥を行い、製品を納めていくのは大変でした。三重県産材という縛りはありましたが、すべて普段生産しているサイズの材であり、その点は助かりました。また、取り掛かる前に最新式の製材機を導入し生産量が一気にアップした事も幸いしました」。

三重県の川上、川中、川下の官民の各プレーヤーの連携により、限られた期間の中で三重県産材を調達し、随所にこだわりを持ったアカデミー棟を完成させたのは見事という他ありません。