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- 「近くのスギ」に包まれて暮らす――スギの家がもたらした健やかな日常
「近くのスギ」に包まれて暮らす――
スギの家がもたらした健やかな日常
森に接する奈良の住宅地に建つ、スギをふんだんに用いた住まいをご紹介します。設計者の提案から自然な流れで選ばれた国産スギ材は、家族の健やかさや日々の快適さを支えています。山とつながる素材で建てることの意味と魅力を、尾崎さん一家の暮らしからひもときます。
「これでいいんちゃう?」直感から始まった家づくり
スギ板張りの家は、森を背負った場所によく似合う
以前、尾崎さん一家が暮らしていたのは、広大な敷地に建つ賃貸住宅でした。周囲は森のように緑が豊かな環境。大家さんも近くに住んでおり、安心感のある住まいだったといいます。約10年間をその家で過ごしましたが、仕事と子育ての変化をきっかけに、新しい住まいを考えるようになりました。
家づくりの相談先として選んだのは、住宅雑誌で見かけた建築設計事務所でした。
「最初のうちは、鉄筋コンクリート造のモダンな家もかっこいいな、などと目移りしていたのですが、建築家の半田さん・平田さんの設計した家を見せていただき、体験してみて『あ、これでいいんちゃう?』と思えたんです。DIYや家庭菜園をしながら在宅で働くライフスタイルも自分たちの理想に近く『この方たちに設計を頼みたい』と直感しました」(尾崎さん)
土地は決まっておらず、設計者とともに探すところからスタート。狭いエリアに限定せず、京都や神戸も検討しましたが、2年ほど粘り強く探した結果、最終的に奈良で現在の土地と出会います。神社や寺の森に接しており、自然を身近に感じられる場所。それまで暮らしていた環境の心地よさを、そのまま受け継げる場所だと感じたのです。
窓の外の豊かな緑と室内のスギが調和する眺め
「家を建てるならスギの床」は体験から導き出された
吉野スギの磨き丸太を、1・2階を貫く象徴的な柱に
室内は、リビング・ダイニングが高さ5.6mの吹き抜けになっており、天井まで届く大きな開口部から、隣に広がる森を我が庭のように楽しめます。キッチンなどそれ以外の場所は2階を支える梁や天井に覆われ、開放感とこもり感のコントラストによって様々な居心地や眺めが提供されています。
この住まいは、構造材の大半と壁には奈良県産の吉野スギが、床・天井には兵庫県産のスギが使われています。尾崎さんがことさら「スギを使いたい」と要望したわけではありません。設計者と工務店が日常的に国産材、とりわけ吉野スギを用いた家づくりを行っており、その流れの中で決定されました。
スギを多用するに当たり、節のある材と節の少ない材を使い分けたことが、空間全体にバランスをもたらしました。垂直面は「上小節」で整え、天井や床には節の表情を生かすなど、よく目につく部分はスッキリとした見た目を優先させ、傷や凹みができやすい床には節あり、というように、暮らしに緊張感が生まれすぎないよう配慮されています。
「朝目が覚めたとき、スギ板張りの天井と窓からの緑が目に入ると、住宅地でありながら森の中の別荘にいるような気分になります」と語る奥様は、スギとの出会いを次のように回想します。
「半田さんたちの設計した家にうかがい、最初に感じたのは、スギの床板の気持ちよさです。足裏に柔らかくあたたかみがあり、夫も私も気に入りました。スギは他の木材より金額的にも取り入れやすい点や、暮らしながら傷がついても味わいとして楽しめる点などを教えていただき、家を建てるならスギの床板にしようと決めました」
尾崎さん一家は、建築中に製材所を見学したそうです。そこでは、山から伐り出された丸太が一本ずつ丁寧に管理され、製材されていく様子を目にしました。
「丁寧に鉋(かんな)掛けされた木材がとてもきれいで、見えないところまで大切にされているんだな、と感じました」(尾崎さん)
それは、山と自分の家、製材する人や建てる人と自分たちがつながっていることを実感できる、貴重な体験でした。
柱や梁といった構造材にも吉野スギが使用されている
断熱と素材が支える、健やかな空気
階段とキッチンの腰壁もスギ。階段を上り下りする足裏もソフトな感触
国産スギに包まれた空間で暮らし始めて、最も大きな変化として挙げられたのが健康面での実感です。以前の住まいは断熱性能が十分ではなかったようで、冬の寒さが厳しく、息子さんは気管支喘息の症状が出ることもありました。しかし新居に移ってからは、風邪をひく回数が大きく減り、喘息の症状もほとんど見られなくなったといいます。
尾崎さんは、断熱性能を高めた構造と、豊富な木と漆喰による調湿効果が大きいのではないかと感じているそうです。「梅雨時でも室内はじめじめしません。夏も外よりもカラリと感じられるから、夜はエアコンを使わない日も多いですね」
冬も床がほんのり温かく、過度な暖房に頼らなくても快適に過ごせているとか。取材当日は真冬で、エアコンで暖房をしていましたが、空気の乾燥が気になることはありませんでした。
スギは断熱性に優れ、足触りもやわらかいため、素足で歩いても冷たさを感じにくい素材。小さなお子さんが転んでも大きなけがにつながりにくい点も、安心材料になっています。
穏やかな木目が、お子さんが描いた絵の背景に
節のないスギの壁に溶け込む北欧家具や古い和家具
木材の仕上げの良さが、掃除のしやすさまで左右する?
節あり材の床にして、汚れや傷への気遣いを軽減
スギはやわらかく、傷がつきやすいという特徴があります。しかし尾崎さんはそれを「味わい」として受け止めています。小学生と保育園のお子さんが汚した跡や、日々の暮らしの中でついた小さなへこみも、この家の歴史の一部。床に節あり材を用いたことで傷や凹みもさほど目立たず、子育ての気楽さにもつながっています。
木の家は手入れが大変という印象とは裏腹に、日常のメンテナンスは驚くほどシンプル。段差のない設計のおかげでロボット掃除機が活躍し、家事負担も軽減されています。「表面がささくれ立つことも少なく、つるりとしているから、ほこりもサッと拭き取れます」
半田さんがその理由を説明してくれました。「施工してくれたのは木にこだわりをもつ工務店さんです。天然乾燥でじっくりと乾かし、水分と油分を適度に残したスギ材の表面を、カンナで丁寧に加工しているから滑らかに仕上がります。オイルを塗っても染み込みにくいほどで、上品な艶が美しいのです」
この住まいの快適さは、単なる素材の選択にとどまりません。そこには、設計者の明確な思想があります。
半田さんたちが国産スギを選んでいる理由は明快で、「近くに木があるから使う」という、ごく自然な発想なのだとか。海外から輸入材を取り寄せるのではなく、身近な山で育った木を生かすこと。それは地域の林業や職人の仕事を支えることにもつながります。
また、普段から、国産流通材を無理なく活用できる寸法で設計することで、コストを抑えながら質の高い住まいを実現しています。4畳半グリッドを基本とした構成も、材料を無駄なく使い、大工が施工しやすい合理性を持たせるための工夫です。
腰板のスギも滑らかな手触りで、木目と艶が美しい
やさしく寄り添ってくれる木材は、実は身近にあった
中2階にある奥様の書斎は天井が低くこもり感が心地良い
「スギ板の床は、素足で歩いても気持ちがいいんです。旅行や帰省でしばらく家を空けたあと、玄関のドアを開けると木の香りがして、ほっとします」と奥様。
そんなふうに、尾崎さん一家はスギに包まれた暮らしを味わっています。
「こんなに暮らしに寄り添ってくれる木材が、身近にあったことに驚きました。以前は、日本の山にはスギがたくさんあるな……というくらいで、気にも留めていなかったのですが」(奥様)
やわらかな木の感触、湿度を調える空気感、山とつながる実感。地域の木で家を建てるという選択が、家族の健やかな日常を静かに支えています。
「リビング全体の壁に使ったスギは、少しずつ色が濃くなってきていて、年々どんな表情になるのかを楽しみにしています。色や木目の風合い、香り、やわらかい感触を住みながら味わえるのがスギの魅力。我が家には全体的に多くのスギ材が使われていますが、床をスギにするだけでも、住み心地がよくなるのでは。これから家を建てる方や、リノベーションをする方に、おすすめしたいですね」