天竜の自然の恵みと、受け継がれてきた伝統の技を
木造建築の設計デザインに生かす石牧建築

浜松と聞くと多くの方は浜名湖や名物の鰻を思い出し、海辺の街を想像するするのではないでしょうか。地名の「浜」も「松」も、なんとなく海の近くの街であることを匂わせます。しかし、平成の大合併により浜北市、天竜市など12市町村が合併したことで、浜松市は全国第2位の面積を誇る都市となり、豊富な森林資源を有する天竜川上流域が編入されたことで森林と川、海に恵まれた街となっています。

天竜川上流域は、江戸時代から林業が盛んな地域です。明治時代に金原明善※が私財を投げ出して「暴れ天竜」と呼ばれた天竜川に堤防を築き、上流に植林を行いました。この治山治水事業により天竜川流域は豊かな農地に生まれ変わりました。また、早くからスギ、ヒノキの植林が行われため、森林の多くは人口林となり、その整然とした美しい景観は「天竜美林」と呼ばれ、奈良県吉野、三重県尾鷲と並び日本三大人工美林の一つに数えられています。
温暖多雨な気候に恵まれ、ほとんど雪も降らないため根曲がりが少なく、年輪の目が細かく強度のある美しい材を産出します。浜松市街から天竜上流域の森林までは車で30分ほど。都会に住みながら林業に従事することができ、木材の生産地と消費地が近いという恵まれた環境です。

※金原明善：浜松出身の江戸・明治・大正の実業家、社会事業家。事業で得た全財産を投じて天竜川の堤防改修工事を行い、治水事業に加えて植林や運輸、製材、製鋸等の治山関連事業を興した。

石牧建築は、大工の棟梁だった石牧さんお父さんが1975年に起こされた会社です。石牧さんも学校を出るとお父さんの下で大工の仕事を始めました。「当時、家を建てるときは大工の棟梁に頼むという文化があったんですよ。父が元請けになって設計や木材を発注し、常雇いの大工さんが何人もいて家を建てていました。しかし、やはり設計ができないと仕事が来ないなと思い、建築士の資格を取得し、建設業の許可もとりました」。

しかし時代はどんどん変わり、大工に家づくりを頼むことが少なくなってきます。また、木材をあらかじめ工場で加工するプレカットが主流となり、今までのように大工が現場でノコギリやノミ、カンナを使って仕口※を加工する手刻みの仕事が減ってきます。「父がやってきた大工の仕事を継承していくにはどうしたらいいかをずっと考えていたのですが、手刻み仕事ができる加工場があるといいなと思い、15年ぐらい前に土地を買って自社の加工場、il bosco（イル・ボスコ）を建てたんです」。il boscoはイタリア語で「森」を意味します。そして、その頃に石牧さんがお父さんの後を継いで社長になり、“手刻みで天竜の木材をつかって大工が家を建てる工務店”という方向性がはっきりしてきました。

石牧建築の本社オフィス「SPACE SEVEN」は浜松駅のすぐ近くですが、森の加工場「il bosco」は浜松市郊外の浜松市天竜区春野町の森の中。広い敷地の中に5棟の小屋があります。Radice（ラディーチェ：根）と名付けられた「墨付け小屋」で、木材に手刻みをするための墨付けをします。その後にTronco（トロンコ：幹）と名付けられた「きざみ小屋」に運び、大工が手刻み加工を行います。Specie（スペーチェ：種）は「木材小屋」で木材を保管しています。乾燥に時間がかかる広葉樹用に天然乾燥を行う部屋もあります。

Ramo（ラーモ：枝）は、室内の窓や建具、階段などの造作部分の加工・仕上げ作業を行います。Fiore（フィオーレ：花）は社員が休憩するための小屋です。この他、空いている土地にもう一棟、加工小屋を建設する予定です。「手刻みにこだわっていますが、けっして和風の建築をしているわけではないんです。むしろモダンなデザインが多いです。僕らが目指すデザインを実現させるためには、プレカットではかえって高くつくんですよ。その他にも若い大工を育成したいという願いもあります」。

また、il boscoでは様々なイベントが開催されています。「施主様だけでなく一般の方にも来ていただき、ここで音楽を聴いたり、オリジナルの盆踊りをみんなで考えて踊ったり、昨年はキコリに山を案内してもらい、実際に木を一本伐ってもらったりしました」。木の家づくりとは一見関係ないようですが、少しでも天竜の自然に親しみ、天竜の木材の良さに触れてもらおうという試みです。「自然に触れることで暮らし方やモノを選ぶときの視点が少し変わっていってくれればいいと思っています。家を建てるなら天竜の木の家がいいね、と当たり前に思っていただけるようにしたいですね」。
 

石牧建築のもう一つの特徴が、木材を製材所から直接購入していることです。一般的な木材購入のルートは、産地（森林）→製材所→材木店→プレカット工場という流れですが、石牧建築はフジイチという林業と製材を一緒にやっている会社と連携することで、良質な天竜材を低コストで入手し、プレカット工場に頼らずすべて手刻み加工で材料を仕上げています。これも森林と都市が隣接している浜松だからできることかもしれません。

「フジイチさんとタッグを組むことになったのは、共通の問題意識を持っていたからです。彼らも増えつつある大径材をいかに価値高く有効に活用することを考えていました。フジイチさんは架線集材ができるので作業道がない奥山から長尺の大径材を搬出することができるんです。そこで、大径材から芯去りで梁に使う平角材を2丁取りすることを相談したら、彼らもそれを考えていたところでした」。

フジイチでは大径材から芯去りで2丁取りした長尺の平角材を大量にストックしています。また人工乾燥は基本的に行わず、天然乾燥で時間をかけてゆっくり乾燥させ、天竜材の良さを生かした美しい木材を提供しています。フジイチは、もともと林産事業からスタートした会社なので、製材のことをわかった上で造材することができ、無駄がなく効率的な木材利用が可能となっています。

石牧建築には現在10人の社員がいます。石牧さん、佐原さんを入れて4人が建築士の資格を持っていて、後の6人が大工です。大工部門は石牧さんが、現場監督と営業を佐原さん、設計は1級建築士の西久保さんと一応、役割分担しています。

佐原さんに石牧建築の木の家の特徴をお聞きしました。「デザイン的には開口部を大胆にとり、大空間をもつ家が多いですね。架構※をきれいに架けることにこだわっています。デザインは大胆なのですが、建物の構造自体は剛です。構造計算をしっかり行い耐震等級3級相当を取るのが絶対条件。高気密高断熱もしっかりやっています。多少難しい木材の組み方でも、自社で手刻みができる大工がいるのが強みですね」。

もちろん、施主様との話し合いは密に行い、施主様の暮らしの寄り添った家を完全自由設計で建てています。「設計と大工が一つの会社で一緒にやっているのがいちばん面白いところですね。そこに地元の林業や製材の仲間が力を貸してくれている。森からお客様まで当社とフジイチさんの2社でつながっているのは、木材業界では珍しいことかもしれません」。地域で育った木材を使って、その地域の人が暮らす家を建てる。それが地域の経済や自然のサイクルを回していく理想的な姿だと思います。

※架構：柱と梁で組んだ構造のこと。