国産無垢材をふんだんに利用した
東京中央木材市場の本社棟と展示棟

 
魚市場や青果市場をご存知の方は多いと思いますが、木材関係者以外で木材市場を知っている方はかなり限られているのではないでしょうか。木材も魚や野菜や果物と同じように卸売市場で競り（せり）にかけられて取り引きされます。木材の市場には、山から伐り出した丸太を扱う“原木市場”と柱や梁・壁板や床板などの製品を扱う“木材市場”（製品市場）の2種類の市場があります。一般に、森林で伐採された丸太は原木市場に出荷され競りにかけられ、製材所や合板工場などに買われていきます。

製材所では、丸太を柱や板等に加工して木材製品にし、一次問屋に納めます。木材市場には何社もの問屋が入っていて、市場が競りを開いて木材販売店に卸しています。実際に木材使って家や家具をつくる工務店、家具屋は、木材販売店から木材を購入する仕組みです。いくつもの問屋が集まる木材市場には、様々な木材製品が豊富にストックされ、木材販売店が必要な木材製品を調達できます。木材市場は木材流通における重要なハブといえます。東京中央木材市場の飯島社長は「当社には、それぞれ得意分野が異なり特徴のある9社の問屋が入っています。また、全国の名産地との取り引きがあり、特に和歌山県、岩手県、奈良県、高知県等では各県庁とも連携し優良県産材展を実施して、産地と消費者を結ぶ懸け橋としての役割を担っております」と話します。

東京中央木材市場は、1953年（昭和28年）創業の歴史ある木材市場です。創業当時は江東区の木場に市場を構え、そこから江戸川に移転し、さらに千葉県浦安に移転していましたが、近隣にある大型アミューズメントパークにより慢性的に交通渋滞が起こるため立地のいい千葉県冨里市へ移転を決め、2023年2月4日に東京中央木材市場 酒々井インター富里市場を開設しました。初競りも行われたオープニング式典には多数の木材関係者が列席し、酒々井インター富里市場に寄せる業界の期待の大きさを物語っていました。

「約2万4千㎡の敷地に、木材倉庫や木材加工場など9つの施設を建てました。本社棟、展示棟、休憩所の3棟は木造建築となっています。敷地の造成から鉄筋の木材倉庫の建築はゼネコンに依頼し、3棟の木造建築に関しては、木造建築に造詣の深いアトリエフルカワ一級建築事務所の古川泰司さんにデザイン監修をお願いして木造・木質化を進めました。当社は一般材といわれる材はもちろん、現し（あらわし）で使われる材を数多く扱っております。一般材は家づくりの中で壁の中にある柱や板等、隠れて人目につかないものが多いのが現状です。一方、現しで使われる材はテーブル板や化粧柱、化粧梁のように、人々が見える場所に使われ、“木材セラピー”として多くの人たちにリラックス効果を与えてくれます」と飯島社長が市場の概要と特徴を説明してくれました。

木造棟のデザイン監修をした古川さんに本社棟の1階の概要を説明していただきました。「本社棟では、見える部分はできるだけ国産の無垢材を現し（あらわし）で使っています。壁の中に隠れてしまう構造材や荷重が集中してしまう梁は長野産カラマツ集成材です。流通材を主として使い、カラマツ集成材以外は、東京中央木材市場の浦安市場で入手した木材です。この建物は、東京中央木材市場で調達できる木材のショールーム的な役割も果たしているんです」。

1階の事務所スペースには、太い無垢の柱が林立し、とても力強い印象を受けます。この六寸（180mm）角のヒノキの柱は、三重県の尾鷲材、奈良県の吉野材、和歌山県の紀州材、長野県の木曽材、東京都の多摩産材、茨城県の八溝材、千葉県から調達しています。三重県と奈良県はそれぞれ2ヵ所の製材所から調達しているので9本すべて別々の産地になっています。よく見ると同じヒノキでも産地によって色艶に差があり、とても興味深いです。また、柱の横には、柱を薄くスライスした端材とネームプレートが置かれています。

飯島社長は「この柱が育った環境を知ってもらいたくて作りました。年輪を見ることで、この木が過ごしてきた50年以上の時間を見ることができます。中には先人たちが枝打ちをした跡がわかるものもあります。年輪に刻まれた時間を感じることで、木の価値を感じ取って欲しいと思いました」。

本社棟の2階には応接室、役員室と広々とした会議室が設けられています。1階の事務所横の階段を上がると吹き抜け空間がある廊下に出ます。廊下の上部の高い位置に窓があり、そこからの会議室まで柔らかい光が入ってきます。会議室は、カラマツ集成材を使った張弦梁トラス構造を採用し、柱を立てることなく大空間を実現。

古川さんは「木材は、繊維方向にはとても強度があります。この特性をうまく利用して屋根や床の荷重を分散してあげれば、木造でも大きな空間をつくることができます。構造のモデル化と言いますが、木材の性質を活かしたモデル化が出来るかが木造建築を成功させる秘訣です。2階の廊下部分の上部に設けた開口部から採光し、柔らかい光が入るようにして明るく温かみのある空間にしています。また、構造を現しにした会議室の高い天井の開放感を活かすためにタイバーは黒く塗装した鉄筋にしました。すべて木にすることもできますが、メリハリをつけることで木の良さを引き立てようと考えました。廊下も梁の上に照明を仕組んで間接照明とし夜間も雰囲気のある空間をつくっています」と話します。

展示棟は、たくさんの人に木材を見て、触って、知って欲しいという飯島社長の想いを込めた木材のショールームで、様々な樹種の板材や椅子、テーブル、木工製品などが展示されています。「展示棟は、浦安の市場でも設けていた施設です。いろいろな方々に木材を見て知っていただくのも私たちの仕事の一つだと考えています。展示してある板材や木製家具はあえて参考価格を表示して見た人の参考になるようにしています。また、浦安でも行っていたのですが、地域と連携し木工教室などの木育活動を将来的にここで開催していきたいと思っています。

古川さんは「展示棟は一部を2階建てにした多用途に利用できる長方形の大空間で構成しています。天井はスケール感を演出するため勾配天井としました。採光にも気を遣い、直接光を入れるだけではなく一度壁に反射させて間接的な光にする工夫などもしながら、展示物に自然光が柔らかく届くようにしています。張弦梁やトラス工法を用いて屋根の荷重を支え、展示スペースに柱を立てることなく大空間を木造で実現しています。構造材は、本社棟と同様に長野県産のカラマツ集成材です。構造上必要な袖壁も展示空間を邪魔しないよう、目立たなく配慮しています」。この展示棟は、木材製品の展示だけではなく、今後はワークショップなど様々な目的での活用が計画されています。

酒々井インター富里市場の木造棟は、木材市場として木の魅力をたくさんの人に知って欲しいという飯島社長の想いが込められた建物です。「当社は日本各地の木材を扱っていますので、本社棟や展示棟でも各地の特徴のある無垢の木材を使っています。木材を扱うプロとして少しでも多くの人に木の良さ、魅力を伝えたいと思っています」と飯島さん。

古川さんは木造建築をつくる立場として木材市場の役割はとても重要だと指摘します。「飯島社長は、ただ木材が売れればいいという考え方ではなく、木材を産出する林業事業者や製材所、木材卸問屋のことにまで気を配っていて、いい木材が適正な価格で取り引きされることに注力しています。その一方で木材の需要動向にも目を光らせ、いい木材をストックして、木材流通をコーディネイトされています。木材活用で重要なことの一つはストック機能を担う事です。ストック機能を持った市場は、建築に木材を使う立場としては、なくてはならない存在です」と話します。

木材は、生産する川上側と、消費する川下側の間で時間の流れが違います。木は植えてから伐採できるまで数十年から百年近くかかりますが、消費する側はそんなに待っていることはできません。木材供給と需要のバランスを調整することも、木材市場の大切な役割となっています。木材利用を促進し、生産者へ適正な利益を還元して次の森づくりを行っていくために、木材市場の使命は大きなものがあると感じました。